第二次世界大戦中、エチオピアの「失われたアークの伝説」を確かめようとしたイギリス人がいたらしい

エチオピア/アクスムの「シオンの聖マリア教会」には「失われたアーク」の伝説がある。
このアークは誰でも見ることが出来るものではなく、考古学者や歴史学者が興味を抱いても接触することすら出来ない。しかし過去に、無理やり興味を満たすために見に行った人が実はいたらしい。

Sorry Indiana Jones, the Ark of the Covenant Is Not Inside This Ethiopian Church
https://www.livescience.com/64256-ark-of-the-covenant-location.html

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この記事の内容について考える前に、まず、「失われたアーク」とは何ぞやという話からしなければならない。

アーク、聖櫃、というのは、モーセがシナイ山で神から授かった約束の石板を収めたという箱のことである。イスラエルの民によって守られていたものの、バビロニアがエルサレムを滅ぼした時代に行方不明になり… というのが、主な伝説。しかしエチオピアでは、実はエルサレムが滅ぼされる前、ソロモン王の時代に密かに運び出されてエチオピアにもたらされていたんだよ! ナ、ナンダッテー という伝説がある。
曰く、エチオピアの女王がソロモン王のもとを訪れた時、ソロモンの子種を宿して帰国した。生まれた息子が成長して父の国を訪れ、契約の箱ないし中身の石板を密かに国に持ち帰った…と。

もちろんこれらは全て伝説である。史実として証明できるものは殆どない。
しかしエチオピアでは今も、約束の石板「タボット」(タブレットと同義の言葉)が信仰され、祭りの日には各地の神官がレプレカのタボットを持って練り歩く。そして、オリジナルのタボットがあると信じられているのが、アクスムの「シオンの聖マリア教会」なのである。

※ちなみにこの教会は、有名な「アクスム石柱群」のすぐ近くにあるため、エチオピア随一の観光地でもある。



この教会には男性しか入れず、さらにタボットに近づけるのは限られた聖職者のみとなっているが、エチオピアがかつてイタリアに支配され、その後、イギリスの根回しによって再独立を果たすまでの期間に、空気読まないヨーロッパ人が無理やり押し入って契約の箱と石板を見たという。
それが、今回の記事の内容である。

ソースになっているのは、第二次世界大戦中、イギリス軍の将校で学者でもあったEdward Ullendorffという人物が1992年のLos Angeles Timesのインタビューに答えた記事である。兵士たちとともに教会に押し入って無理やり契約の箱を見たが、その箱はほかの教会で見られるレプリカ品と変わらず、そう古いものでもなかった、という。
ちなみにイギリスがエチオピアを「解放」したのが1941年なので、それから50年以上も黙っていたことになる。尚、この人物は2011年に亡くなっており、裏取りをすることはもう出来ない。彼が黙っていたのは、エチオピア人をがっかりさせたくなかったから、という理由と、エチオピア政府からの抗議を受けたくなかったという現実的な話があるようだ。

ただ、ウィレンドルフ氏のこの記事は、「なーんだ、失われたアークなんてやっぱただの伝説かぁ。アクスムにあるのは偽物なんだね」という話ではない。

何故かというと、まず一つは、エチオピアには沢山の「レプリカ」のアーク(聖櫃)とタボット(石板)があり、彼が見たものが果たしてエチオピア人の認識している「本物」だったのかどうか判らないからだ。そして、見たものが外側の箱だけで中身の石板で無かった場合、箱は作り直されていても中身は何か古いものだった可能性もある。おまけに50年以上の前の話なので、証言の信ぴょう性が曖昧である。

彼が見たものは果たしてなんだったのか。
そして、大戦中にエチオピア人が厚く信仰する教会に押し入った非礼をエチオピア政府に抗議されたくないというだけで、本当に50年も黙ってるもんだろうか? とも思う。エチオピアってイギリスからしたらそんなに重要なお得意様じゃないし…。エチオピア正教はそれほど人数のいる勢力でもないので、報復があるとも思えない。たとえばカーバ神殿の石に勝手に触りました、と告白するよりは、はるかにインパクトは少ないだろう。


シバの女王の国が実はイエメンではなくエチオピアで、彼女の生んだソロモン王の息子によって王朝の血筋が正当化されている、という伝説が、15世紀以降のいわゆる「復興ソロモン朝」の時代に作られたという意見には一定の妥当性があるだろう。そして同じ時代に、伝説と合わせて「契約の箱」や「石板」がエチオピアにあるという伝説が作られた可能性はある。

しかしコトはそう単純ではない。
エチオピアには最近まで一定数のユダヤ教徒が暮らしており、古代イスラエルの時代の伝統らしきものの一部が最近まで受け継がれていた。(最近まで、というのは、1990年代中に、全員がイスラエルに移住してしまったからだ)

彼らが何者で、いつから、なぜエチオピアに住んでいたのかについては、誰も明確に答えることが出来ない。トーラー(律法)を全く知らないことから、その成立前にユダヤ教徒となっていたという説もある。
だとすると、ソロモン王の時代からそう遠くない時代にユダヤ教徒になっていた可能性もあるわけで、伝説のすべてが根拠がない丸っきりのデタラメではないかもしれないのである。



確かなことは、エチオピアでは今も神との契約の証が信仰され、祭りの日には、約束の石板を担いだ聖職者たちが練り歩いているということ。史実かどうかはともかくとして、人々の信仰があるのなら、エチオピアにあるやつが本物でもういいんじゃねーかな、と思わなくもない。

(というか厳密な話をすると、そもそも契約の石板なんて実在したの? とかからスタートになってしまうので…。)
(宗教は、信じればそれが真実になる世界。)