偉大なるおっぱいについて語れ。伝説のおっぱい本を手に入れた

おっぱいという言葉に説明は不要である。
だが、おっぱいが何であるかを理解し、語れる者は少ない。これは真理である。


というわけで本屋で見つけたこちらを流れるように手にとりそのまま買って帰ってきてしまった。
こんな表紙とタイトルだが、出オチではなくめっちゃマジメに考察されている深い本である。



こちらに、一部立ち読みできるPDFもついているので是非試してもらいたい…
いやあこれほど問答無用に面白いと言える本はないぞ。難点は電車の中とか移動中に読むのがはばかられるところだけだ。

https://www.iwanami.co.jp/book/b358686.html


《世界ふれあいおっぱい歩き》潜入! 中国初のブラジャー博物館  日野杉匡大
《世界ふれあいおっぱい歩き》性文化の宝物――中華性文化博物館(江蘇省・呉江)  武田雅哉

このへんはゲラゲラ笑いながら読んでた。中国おもすれー。
多数の著者が、本当にいろんな切り口から「おっぱい」の話をしてくれているので、自分は知ってるというつもりになってる人でも新しい事実に気付くはずだ。


たとえば、古来の日本における「おっぱい」のあり方である。

おっぱい、というと、日本では古来から胸にたいする興味が薄く、春画などでも触れられることがない、というのがよく言われる話である。
ところが、春画の中には実は胸をまさぐってるものや、胸を吸って行為に至っているものが少数ながら実在するという。例が提示されているので「なるほど、実はあったんだ…?」みたいに判る。また、文学作品には授乳器官としての乳は出てくるがセクシャルな意味合いでは使われたことがない、というのも、やっぱり、実は少数ながらそうとらえるしかない描写が出てくる場面がある。

しかしそれよりも自分が驚いたのは、「男の乳首はいつ発見されたのか」という話題である。
男にだっておっぱいはある。だが、その存在は、実は近代までほぼ興味を抱かれずにきている。男のおっぱいが発見されたことと、女のおっぱいが性的な目で見られるのが一般的になることの関係性。なるほど、そもそもおっぱいがついていることを意識していなければ、エロいもエロくないも無いのである。

インドではしっかりついていた仏像のおっぱいさえ、仁王様を除けば、日本ではほとんどの仏像で消失してしまう。
これは言われるまで気付かなかった。確かに仏像、乳首の描写無い!

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あと「おっぱいは垂れているからエロいのであって、垂れていない空想上のおっぱいはエロくない」とか「社会主義のおっぱいは固そうに見える」とか「おっぱいを触ればご利益があるなど誰も信じていない、触りたいだけの口実である」とか、全編に渡りパワーワードが飛び交うので理解がおいつかない。読み終わったあとは「なるほど…おっぱい…深い…(悟った顔)」みたいになるしかない。いや、実際に深いのである。

おっぱいが嫌いな人間などいないはずである。和洋中すべてのおっぱいを詰め込んだこの本、ぜひお試しあれ。