縄文時代、一年のタイムスケジュールめっちゃキツくねぇ・・・?

なんか図書館がやたら縄文プッシュしてるので借りてきた。
市民税はここで回収する(`・ω・´)

というわけで読んでみたこれ。内容的には「びわこ水中考古学の世界」とほぼ一緒。というか、その一部を切り出してもうちょっと詳しくした感じの本。とくに難しい内容もなく、ふーんという感じ。



ただ一つ、琵琶湖から見つかった貝塚の分析内容がちょっと面白かった。食べ物のカスから再現した一年の食料確保のタイムスケジュールなのだが、めっちゃ忙しい。

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人間は当然ながら生きるために食べねばならない。食べ物をひっきりなしに確保しにいかないといけない。
琵琶湖周辺で暮らしていた人々が狩猟から得ているカロリーは約10パーセント、それ以外はほとんど植物で、トチノミなどを集めて保存しておく作業が必要になる。つまりシーズンになったらみんなで全力で一年分の食べものを確保しに行かねばならない。

これはコンバインとか無かった時代の農耕と同じ。コメの収穫時期になったら一族郎党全員の総力戦でコメ刈り入れする。縄文時代は自然の実りに任せているだけで、総力戦で収穫して保管まで持っていくのは一緒。そして、その合間に魚や貝をとる季節があり、狩りの季節がある。

これ実際にやるとなるとめっちゃくちゃ大変なやつじゃん…。

木の実とりを女性に任せて男は狩り、とかじゃなくて、女性が木の実とったら男性が貯蔵庫に入れる、男性が狩りをしたら女性がさばく、とかで役割分担して通年で協働しないと仕事まわらないと思う。


さらに、魚とりは水辺、狩りは山、となるので、水辺と山間部が離れていると移動しないといけない。


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移動手段として船を手に入れて水辺と山間部が離れていても中間で生活していけるようになってからは、食糧確保のために季節ごとに定期的に長距離移動しなきゃならないんだけど…これって… 通勤 じゃないですかねえ…。。。

生きるって…大変だなぁ…。


こんな時代に生きてたら、俺、農耕やるわ。

楽に食べ物を得るためなら何でもやるわ。色々考えるわ。村の近くに食える実のなる木をいっぱい植えればいいじゃんってなるわ。魚とるために水路でも堤防でも作るわ。コメ作やれば一年の大半一箇所で暮らせるってなったらコメ作るわ。判る、判るぞ…人間どうせ考えることはいつの時代も基本一緒だ・・・!

というわけで

 ・縄文時代、ぜんぜん楽じゃない
 ・琵琶湖周辺の人たち、食っていくために通勤してた
 ・楽したくて初期農耕はじめた説

食ってくのに楽なロケーションに住めるかどうかで労働時間が変わってそうなのとかも現代に通じる面があり涙。生きていくのは、いつの時代も楽じゃない。