エジプト・王朝成立以前の食品加工工場跡の発掘/HK11C

Web上で手に入る資料としては、たぶんコレ。

エジプト国家形成期の集落址調査-ヒエラコンポリス遺跡HK11C における近年の発掘調査-
http://www.egyptpro.sci.waseda.ac.jp/pdf%20files/JES%2019/9%20HK11C%20recent%20excavation.pdf

「ヒエラコンポリス」は古代の名前だとネケンで、ルクソールの南80kmほどの場所に位置する古代の都。紀元前4000年ごろから、紀元前2700年あたりまで栄えた、おそらくエジプト史上最古の「首都」で、有名なナルメル王のパレットなんかもここから出土している。王朝成立にいたる歴史を解明しようとすると避けて通れない場所だ。

で、ここの発掘調査を日本の調査隊がやってるので、ちょっと状況とかまとめてみようかなと。

派手な墓とかミイラとか棺とかの発見はほっといてもいくらでも報道されるんですけどね。地味なやつはマスコミの食いつき悪いからねえ…。地味っていうか、人の生活に関する報道がほんと少ないよね。エジプトは墓ばっかりじゃないんだぞっていうアレをですね。


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ここの遺跡で、注目できる発見物は、以下の四つ。

●ビールを大量生産していた工房跡であること

今のところビール工房としてはエジプト最古、世界最古かどうかは不明だが、最古クラスであることは間違いない。大きな醸造用の壷の中から麦芽が見つかっている。

●魚の干物を作ったらしき大量のウロコと骨が見つかっていること

魚はナイルパーチ。頭としっぽとウロコを削いだらしく、背骨はないので、どこかへ運んで消費されたとみられる。

●手づくねの日干しレンガが使用されていること

近年の研究によって、日干しレンガはメソポタミアからナイルデルタ経由で入ってきたものなのではないかと言われていたのが、ここの遺跡の日干しレンガのほうが若干古そう&型で造りはじめる前の手づくね製であることから、日干しレンガは上エジプトで独自に発展したという従来の見方が正しかったと言えるかもしれない。

●メソポタミアのトークンに似た石や、文字の原型らしきものが記されたオストラカが見つかっていること

「トークン」は、メソポタミアで楔形文字が開発される以前の文字の変わりになる粘土の塊のこと。物品の管理に使われていた。同じようにエジプトでもトークンがわりの石が使われていて、のちにヒエログリフに変わっていった可能性がある。

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ビールや干物を大量生産した跡っていうのは面白い発見だと思う。ピラミッドを建造した職人たちの町でも同じようにパンやビールを大量生産した跡が残っているし、国家事業としてデカい建造物を作るためには、集まってきた大量の人を食わせるために、大量の飯炊き係が必要なわけで。

先王朝時代の時点で、すでにその下地が出来ていたのだとしたら、ピラミッド時代へ続く道はまさにここから始まっていると言っていい。



ちなみに、この遺跡の位置は、エジプトで最古のネコの骨(6000年前)が見つかったHK6の斜め向かい。

その論文はこちら>>http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305440314000636
紹介したブログ記事はこちら>>http://55096962.at.webry.info/201403/article_26.html

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で、HK6がエリートの墓っぽいので、隣接するHK11Cの遺構は「エリートお抱えの専用工房だったのでは?」と言われているようだ。まだピラミッドではないとはいえ、ここのエリート墓もかなり手の込んだものだし、規模としても小さくはない。

ピラミッドばかりが注目されがちだけど、それ以前のマスタバ墓も、作るのにはかなりの労力と人数がかかっている。「人を集める」「集団を動かす」「設計図を書き、そのとおりに作る」というピラミッド建造の下地となる王権の技術は、既にこのヒエラコンポリスの遺跡から始まっていることが分かる。

おそらく、このビールや干物の「専属工房」が、のちに芸術的な墓の副葬品や壁画を製作する専門職人の村に繋がっていくのだろう。


人を動かすのにも技術がいる。
現代でも、プロジェクトマネジメントは、それ自体が国家資格になってたり、昇給の条件になっていたりする。
カタチには残らない、ソフトとしての文化の発展も読み取れる、ここはそんな遺跡なのです。

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しかし壁の一部に手抜き工事の跡があるとか、すごいんだけどどこかテケトーなところがやっぱエジプト人だなぁ(笑)

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トークンっぽいものは、ほんとにトークンと同じ使い方をしてたんだとしたら、けっこう重要な発見になるんではなかろうか。つまりメソポタミアからエジプトに入ってきたのは、象形文字の段階ではなく前段になるトークンの概念だったとか。で、そっから「いちいちトークン作るのメンドクセ、数がでかくなると数えられんし数字つくるわ。」ってことになるとか。

エジプト版トークンは、ぜひとも発掘現場の愛称「バタータス(アラビア語の"イモ")」で広めていただきたい。(笑