古代エジプト第21~22王朝 神殿内部に王墓が作られた理由。

以前、以下の番組感想記事でちょろっと紹介した「プスセンネス1世」を含む、第三中間期の王様たちのお話。

「銀の棺のファラオ」 ―プスセンネス1世
http://55096962.at.webry.info/201011/article_9.html

古代エジプトの王様の墓で未盗掘だったものといえばツタンカーメンが有名で、それしかないみたいに思われているが、実はこの王様たちも未盗掘、しかもツタンカーメン同様に高価な副葬品とともに発見されている。銀で出来た輝く棺とかは必見。

あまり表に出てこないのは、見つかった時期がビミョウだったのと、副葬品の多くが、前の時代の別の王たちのものの再利用だったからではないかと思う。

それはともかく、この時代の王様たちの墓は何故か神殿の中にある。
なんで神殿の中? 普通王様の墓って別に作るよね…。 というのがずっと気になっていたわけだが、なんか理由が分かったぞ。。


●タニスの神殿見取り図

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第三中間期、この時代は墓の盗掘がめっちゃ多く、自身も過去の王たちの副葬品を再利用しまくっていたので、自分たちの墓だけは盗掘を免れるために一番警備の硬い神殿の中に墓を作ったんだ…。

ここから発見されている王様は以下のとおり。

・プスセンネス1世
・オソルコン3世
・タケロト2世
・アメンエムオペ
・シェションク2世
・ショションク3世

ほぼ無傷で見つかっているので、神殿内部に王墓を隠す戦略は確かに成功したようだ。やっぱ目立たないのが最強の防御なんだなあ。王家の谷の王墓も目立たないように作ってるつもりだったんだろうけど、町から離れて人気のないところ過ぎたのがいけなかったのか。

ちなみに王の墓が再び神殿と別に作られ始めるのは、政情が安定する25王朝以降。