面白いのに、結末どうしてこうなった… 児童文学「エジプトの少年」

エジプト成分が足りなくてウズウズする、そんな週末――
図書館の検索端末で「エジプト」って検索して引っかかってきた本を片っ端から読むというヒマなことをしていて、うっかり見つけてしまったのが、この本「エジプトの少年」。

ロシア人(書かれた当時はソビエト)の女性エジプト学者ミリツア・エドヴィノヴナ・マチエによる児童文学だ。岩波少年文庫 刊、訳者は福井研介という方、エジプトネタ部分の監修は、エジプトマニアにはお馴染みのエジプト学者、杉勇先生。

結論から言う。

 さすが本職が書いただけあって、エジプト成分は大満足、ていうか十分すぎる

 しかし打ち切りENDなので夢中になってはいけない



 なぜそこで終わらせた…
 なぜ…そこで… 終わ ら せ た! と、最後のページを2度見して愕然とする、そんな作品。「えええぇ…」って声出ちゃったマジで。
 学校から逃げた友達は? 星の観測の結末は?! 逃亡奴隷の少年このあとどうなったの! 主人公これもうふつうの人生もう歩めない展開でしょ! ここからなのに、ここからなのに…ッ アニメ作品で言ったら第一話くらいのレベルなのにッ。ここまで登場人物と設定作っといて何故終わらせた―。続き俺に書かせろやーー(ばんばんばん

 いや、ていうかこれ、原著タイトルは「エジプトの少年の一日」なんだよね。
 だから、一日の目覚めから夜までの話しかないんだよね。日本語本のタイトルも原著通りでついていれば、まだ、続編のない一話完結な話だって最初から思って読めたんだろうけど。

 何気ないエジプト人の(書記の家庭の)少年の一日の物語、としては良く出来てるんだけども…。
 打ち切りENDっぷりが非常に残念である。



 と、愚痴はこのくらいにしておいて、内容の紹介でもしよう。

 この物語の舞台はナイル下流の都市ペル・ラメセス、時のファラオはラメセス2世。ヒッタイトとの戦いから数十年経たあたりの物語であり、カデシュの戦いで傷を負った老兵が出てきたり、カデシュの戦いの讃歌を読んで兵士になりたいと願う少年がいたりする。

 主人公は、王の荘園をあずかる書記の息子セティ。今日は学校での書き方の練習の時間、はじめて本物のパピルスに書くことを許された。――ちなみに、物語の作者がエジプト学者なので、ここで丁寧にパピルスの作り方や、本物のパピルスは高価なので通常は書物の練習には陶片を使うことなどが説明される。

 リアリティのあるエジプト人の平和な日常。
 しかし物語の後半は、さらに生活がリアリティを増してゆく。裕福な主人公の家庭とは異なり、町には貧しい人々がたくさんいる。友達になった陶工の弟子の少年は、不作で税金が支払えず、畑と両親を奪われている。漁師の少年も貧しく、ワニに破られた魚とり網の代金を支払うために、ここしばらくパンを食べていない。そしてヒッタイトとの戦いで戦功をたてた老兵もまた、赤貧にあえいでいる。

 少年セティは悩み始める。ここにある生活は、学校で習うものとは違う。なぜ食べ物が足りないのだろう。みんなを幸せにするにはどうしたらいいのだろう?

 そこへ、死にそうになった逃亡奴隷の少年が登場する。学校では、逃亡した奴隷は通報しなければならないと習っている。けれどセティは、その少年を隠すことを選ぶ…。

 これから何かが始まりそうな雰囲気である。王道だが盛り上がるストーリーである。だがしかし! これは
少年のとある一日の物語でしかないのだ。そこかよ、そこで終わるのかよ! という叫びの理由、お分かりいただけたであろうか…。


 豊富な知識に裏付けされているため、物語の中の登場人物たちはいきいきとして、本当に古代のエジプトにいるような気持ちになってくる作品である。とくに食べ物がおいしそうだ。朝ごはんのぶどう、鴨肉、ネギ。たぶん平たいパンのことなんだと思うけど、たびたび出てくる「ぼったら焼き」、訳する前の単語は一体何だったのか。大通りに落ちているゴミくずから、昼休みの暑すぎる日差しに至るまで古代の生活が詳細に空想されていて、とても楽しい。

欲を言えば、書かれた時代が古い(1922年)ため、ちょいちょい、これは違うよなーと思うところもある。が、歴史や考古学の研究なんて時代ごとに書き換わっていくものなので、そこはそれ、仕方がない。ある程度はディフォルメとか解釈の問題でもある。

こうした歴史ネタの小説なんかを見て、史実と違うとか現在の説に比べて古いとか無粋なツッコミを入れる人は、単に自分の知っていることと合わないことを拒否しているだけの知ったか乙だと思う。学説なんて時代ごとに変わるし、空想上の物語が完全に史実に沿う必要はないしな。世界観が壊れなければいいんだよ。古代エジプト舞台なのにメアリーなんて名前の登場人物がいたり、ウマに乗ったりしなきゃOKでしょっていう。少なくともこの小説は、多少古い解釈でも、世界観を損ねてはおらずOKだと思う。

(※奴隷についての解釈がうーん…ってところだが、新王国時代のラメセス王朝なら外地から連れ帰った捕虜を奴隷とした記録が実際にあるので、異国人=奴隷 と見なせばアリ。ただし奴隷制度が発達していた文化だというのは現在の説からすると間違い。)




 エジプト好きな人には、ほぼ間違いなくど真ん中ストライク、ただし最後に抱く感想もほぼ同じ、であろうことが推測される、オススメしていいのか悪いのかに悩む、なんとも罪作りな本であった…。


*****

本の最後には、以下の付録がついている。
物語中で言及される、実在するエジプト文学の抄訳である。

・難船した人の話
・魔法使いのジェディ
・シヌヘの物語
・ケティの教訓
・イプウェルの訴え
・軍の総大将ウナの碑文のなかの軍歌
・労働の歌
・ナイル讃歌

…これだけオマケがついているので本文が短い、というトラップにひっかかったわけである。ええ。まさか1/3がオマケだとは、表紙をめくった時点では気づくまいよ…。orz