アレクサンドロスは何故ペルセポリスを焼いたのか? 「王宮炎上」

なんとなく知っているキーワードに惹かれて、何の気なしに手にとった本が面白いと、もうけた気になるが、逆に面白いだろうと期待して読んだ本が期待したほどではないとガッカリする。
世の中はそんなもんである。

「王宮炎上」は、金閣炎上とタイトルが被っていて目を引いたという、ただそれだけの本なのだが、ちっちゃく書かれているサブタイトルに「ペルセポリス」とあっては読まないわけにはいかない。はるかなるイラン、アケメネス朝ペルシャの都ペルセポリス! 比類なきこの遺跡は、いつか行ってみたいと思う場所の一つ。周囲に町がなく荒野の中にいきなりでかい遺跡が広がってるあたり、イメージ的にエジプトのアマルナ遺跡に似た雰囲気なのかなー とか思うが、どんなもんだろう。




さて、この本の主題となっているのは、ペルセポリス炎上の「真実」、アレクサンドロスが何を考えてペルセポリスを焼いたのか、ということである。征服者が征服した都市を焼き払うのは珍しくない。しかしアレクサンドロスはただの征服者ではなかった。アジアとギリシア世界の融合、世界を一つにしたいという夢のもとに覇道を行った王である。征服民を皆殺しにするのではなく、生かしたまま自らの帝国に組み入れようとした。

その方針からいけば、ペルセポリスを焼いてしまうことは賢明ではない。
にも関わらず実際に都は、占領後に焼け落ち、廃墟と化した。

「なぜなのか」。


伝説では、遊女にそそのかされて衝動的に焼いたとするか、腹心パルメニオンの制止を振りきって火を放たせたとする。どちらが正しいのか、どちらも正しくないのか。発掘の結果から、後者のほうが近いことがわかってくる。建物は略奪のあとに計画的に放火され、重点的に焼かれていた。
ならば大王には都を焼き払う理由があったはず。

ここからが面白いところで、「理由」を知りたいということは、何千年も前に死んだ人間の「心」の中に答えがあることになる。立証できない、証拠もない。
同時代に生きる人間ですら、他人の心情など証明できないのである。いくら状況証拠を集めたところで、それが正しい答えかどうかなど誰に言えるか。

正しいかどうかを判断するのもまた、自分の「心」であることに気づけるかどうかが、多分ミソ。


要するに、「キミはあのアレクサンドロスという男をどこまで知っているのかね」という話である。
歴史上もっとも偉大な王だったこの男には、英雄だったり、大酒飲みの激情家だったり、ゲーマーだったり、メン●ラ美少年だったり、後世の様々なイメージがつきまとう。どのアレクサンドロス像を思い描くかで、納得できる答えが違ってくるんじゃないかなと。

※下図は一例。相変わらず日本ェ……。

画像


著者の選んだ答えは、本の中に書かれている。正しいかどうかはともかく、なるほどと思った。この人の見ているアレクサンドロスは、実に人間らしく、意外と脆いところもある、なかなか良い王様に思える。このアレクサンドロス王なら、人望があったというのも納得できるかな。(私の中のアレクサンドロスは、失敗は振り返らないもうちょっと脳天気な男だが。)

結局のところ、正しい答えなど誰にもわからない。
だが、一つの事件の真相を追うことで、アレクサンドロス王の「実像に迫ることが出来る」。歴史は人の心を起爆剤として動く。この本は、そのことを改めて思い出させてくれるだろう。


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さて、この本と併せて読むと面白そうなのがこちら。「アレクサンドリアの興亡」。

アレクサンドリアの興亡
主婦の友社
ジャスティン ポラード

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アレクサンドロスが建設を命じた都市、エジプトのアレクサンドリアという都市に焦点を絞っているが、都市建設の背景にあるアレクサンドロスの思いや、その思いを引き継いで都市を発展させてゆくプトレマイオスの思想が分かりやすく書かれている。

ペルシアの都を焼いたとき、アレクサンドロスの胸に去来したものは何だったのか。
かたや今もなお廃墟なる焼き払われた都市、かたや衰退しつつ現在も隆盛を誇る建造された都市。かの王が終のすみかと選んだエジプトの都市より、思いを馳せてみるのも、また一興。

…まあ、結局エジプトに戻ってくるんですけどね。