ラビ・レーヴに愛を込めて ―ゴーレム伝説の地を訪ねてみた

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「だが、プラハはちがう。ひどく憂鬱な街だ。消え去ったかつての栄光を今もなつかしんでいる。魔術師とか錬金術師とか神聖ローマ帝国といった、失われた過去の栄光にとりつかれているのだ。どんな医者に聞いたってあれほど不健康なところはないというだろう。もしプラハが人間だったら、病院にとじこめられているところだ。いいか、マンドレイク、われわれさえその気になれば、夢見心地のプラハの目をさまさせてやることはできる。だがあえてそうしないのは、プラハの頭をにぶらせ、過去の栄光にとらわれたままにしておいたほうが、はるかに都合がいいからだ。」

ーバーティミアスニ巻「ゴーレムの眼」


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ロンドンの魔術師が、プラハとプラハの魔術師を評価するシーンのセリフである。

小説の中の一部ではあるが、プラハが過去の栄光に生きているというのは同意する。かつてはチェコから神聖ローマ皇帝を排出し、名実ともに「ヨーロッパの中心」ともなったプラハの町。しかし宗教戦争を経、ハプスブルグ家の支配下になり、さらにナチス・ドイツの支配下になり… と、時代が経ていくごとに世界の中心から外れていく町。チェコ人の歴史好きは、失われた過去の栄光を求めるがゆえなのかもしれない。もっともも過去の栄光を大仰に誇るのはどこの国でも大抵やってる話なので、特異なことではないのだが。

怪奇小説などでは、ロンドンと並び魔術の町と称されるチェコの首都プラハ。
今もプラハには、かつてこの町が魔術の町と呼ばれた時代の残り香がそこかしこに漂っている。




そもそもプラハに「魔術」のイメージがついた一番の原因は、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世のせいだろう。

参考(概要と肖像):
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%952%E4%B8%96_(%E7%A5%9E%E8%81%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E7%9A%87%E5%B8%9D)

ルドルフ2世は政治にあまり興味を示さなかった代わり文化を大いに奨励したが、音楽・絵画や植物学・動物学のほかに、天文学―とくに占星術、また錬金術やカバラに強い興味を示したことで知られる。ただし、16世紀にはまだ魔術と化学の境目がはっきりせず、「物質の変化」といえば化学ではなく錬金術の世界であった。

(ちなみに、「最後の錬金術師」と呼ばれるのはアイザック・ニュートンで、17世紀半ばに生まれ18世紀に死去している。ニュートンの時代にようやく化学と錬金術が分離した)


ルドルフ2世は、プラハに多くの天文学・魔術・錬金術関係の人間を集めた。

たとえば、ホムンクルス研究で知られるパラケルススの弟子たちは、師匠の死後は皇帝の庇護を求めてプラハに来ている。また、天文学者ティコ・ブラーエも支援を受けていたし、かのロンドンの宮廷占星術師、ジョン・ディーとも親交があったという。



そんなルドルフ2世と同時代に生きたのが、伝説にうたわれるゴーレムの最初の作者、ラビ・レーヴ(ユダ・レーヴ・ベン・ベツァレル)である。




「ラビ」はユダヤ教でいうところの「牧師」のような役割。
キリスト教でいうところの教会に相当するシナゴーグで説教を行った導師のことを指す。

プラハにはヨーロッパ最古と言われる旧新シナゴーグがあるが、そこがレーヴ師の説教した場所であり、今も土に戻ったゴーレムが眠っているとされる場所だ。

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旧新シナゴーグという奇妙な名前の由来はいまでは定かではないが、最初はもともとあったシナゴーグに対する「新」シナゴーグだったものが、時代とともに更に新しいシナゴーグが建てられて「旧」新シナゴークと呼ばれるようになったのではないかと言われている。旧新シナゴーグが建設されたのは13世紀というから、いかに古くからプラハにユダヤ人が住み続けてきたかということだ。

ゴーレム伝説には様々なバリエーションがあるのだと思うが、プラハの町で仕入れてきた英語の観光ガイドによると、概要はこんな感じだ。


「ゴーレム」

ヘブライ語の「胎児」を意味する言葉。
ラビ・レーヴが、ある夜、天使のお告げによりゴーレムの母となるべく選ばれ製造方法を教えてもらった。ゴーレムはヴルタヴァ(モルダウ)川の土からできており、ラビ・レーヴを唯一の母とした。主人の命令には忠実だったが考える能力に欠けており、ある日ラビの召使いが水を汲んでくるように言った時は街の半分を水浸しにしてしまった。

ゴーレムのうわさを聞きつけたスペインの将校はゴーレムを軍に加えたいとラビに大金を積んだが、ラビはゴーレムが悪用されることを恐れて断り、ゴーレムを土に戻してしまったという。



本場プラハのユダヤ人の主張によれば(なにしろガイドはユダヤ地区で買った)、ゴーレムの作り方は天使に教わったもの(=邪悪ではない)で、ユダヤ人地区を守るために作られたとされているのが面白いところか。ちなみに旧新シナゴーグは、かつてプラハの町が大火に見舞われた時も天使が鳩に変身して守ったため類焼をまぬがれたという伝説もあったりして、ゴーレムは、祝福された土地を守護する聖なる存在扱いのようだ。

ちなみに、ラビ・レーヴがゴーレムを作ったのも旧新シナゴーグだったのだと言われている。まさにゴーレム伝説の舞台の中心地なのだ。





さて、この旧新シナゴーグ。

ユダヤ人地区の果てにあるが、現在は町が広がっているため「町外れ」という感じは全くない。ぐるっと一周してみるとこんな感じ。

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朝イチで行ったのでだーれもいなかったものの、昼近くともなれば修学旅行生(!)の群れなども来てとても賑やか。内部は狭く、ゴシック時代の教会のような華やかさも天井の高さもなく、窓も小さく全般的にこぢんまりとした雰囲気だ。クリーム色の壁にヘブライ語で旧約聖書の文言が書かれているのがインパクトがある。

もちろん、これらのシナゴーグは昔のままの姿ではない。
ある程度は昔の姿をとどめているものの、ナチス・ドイツによる侵攻などで破壊されていたのが現在の姿に修復されている。修復されたものではあるのだが、古い雰囲気もしっかり残しており、証明の他に近代的な物はない。特にこのシナゴーグは中の空気が非常に「土臭い」のが特徴。ゴーレム臭というわけではないが。他の垢抜けた後代のシナゴーグにない土臭さがポイント。ラビ・レーヴが使用したという椅子も一番奥に置かれている。

華美な装飾はなく、全体的にシンプルだ。
ラビ・レーヴは、ここの屋根裏に住んでゴーレムを制作した… ことになっている。





そんなラビ・レーヴの墓があるのが、同じユダヤ人地区の中にあるピンカス・シナゴーグ脇のユダヤ人墓地。
緑なす狭い土地に無数の墓標が折り重なっている。

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ユダヤ教の墓参りは、いつか朽ちてしまう花ではなく、朽ちることのない石を墓前に積み上げるのが流儀らしい。
たくさんの石が積み上げられている墓が幾つかあったけど、たぶんそのうちのどれかがラビ・レーヴの墓。どれかは… さすがに… ヘブライ語が全く読めないのでわからない。

手紙っぽい紙をのせてあった墓もあったから、そのどれかかな?

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伝説では、彼はゴーレムを悪用させないため誰にも詳しい作り方を教えずにこの世を去ったことになっているから。たとえ旧新シナゴーグのどこかに土にもどったゴーレムが眠っているのだとしても、きっと誰にも蘇らせることは出来ないのだろう。だが、あの小さなシナゴーグの前を通りながら、ふと、景色の中に生きた土人形の姿を当てはめて想像してみるのは楽しいことかもしれない。