古代エジプトの法概念 裁判記録と刑罰

古代エジプトの遺物の中に「法律書」のようなものは存在しないが、「訓戒」と呼ばれる形態の文学が、法概念に近いものを含んでいると思う。

「訓戒」とは、知恵者が王や息子に充てて記す「教訓集」である。文学の一つのジャンルを成しており、最古のものでは古王国時代、第五王朝の「宰相プタハヘテプの訓戒」がある。
人としてかく生きるべし という理想を説いたもので、「良く学び勉強せよ」というお説教から、「人を中傷するなかれ」といった道徳的なもの、「浮気をすると罰せられる」というような当時の法を思わせるものがごっちゃになっているが、それが書かれた当時の社会のあるべき姿、「正義」「秩序」を下敷きにして書かれているため、古代エジプト人にとって何が罪だったのかを知ることが出来るというわけだ。

古代エジプト人が日常的な揉め事をどのように裁いたかの一端が分かる文学作品も存在する。「雄弁な農夫の物語」というものだ。(現存する写本としては紀元前1400年頃のものが最古だが、物語自体はは第一中間期を舞台としている。)農夫と訳すのが慣習になっているが、主人公は実際には行商人のような仕事をしている。
主人公は商いをしに都市へ向かうりだが、途中で意地悪な役人に言いがかりを付けられ商品を奪われてしまう。困った主人公は法廷に申し出る。その時の状況説明や窮状の訴え方が雄弁で素晴らしかった、というので、商品を取り戻してもらえた上、ご褒美をもらえたというのがストーリーである。

ここから分かることは、被害者は直接訴えに行かなくてはならないこと、法廷ではどうやら弁の立つ人が有利だったらしいことである。もちろん、全ての法廷がそうだったかは分からないが。

*エジプト王国三千年

裁判所や裁判官は、古王国時代には既に機能していたらしい。

彼らが使った法律書のようなものは見つかっていないが、離婚に関する法律、相続に関する法律があったことは、訓戒や裁判記録から知られている。たとえば相続に関するものとして、大英博物館が所有する「ソールト・パピルス」では、職人頭ネブネフェルの息子アメンナクトが、父から受け継ぐはずだった職人頭の地位をパセルという男に奪われた、という訴えを法廷に提出している。また、第十三王朝のパピルスでは、タヘンウェトという女性が、自分の父親が自分のものになるはずだった奴隷を再婚相手に与えたことは不等であると訴えた記録が残っている。

特徴的なのは、女性にも法廷に訴えを出す権利が認められていたこと、家族を訴えるのも可能だったことだろうか。子が自分の受け継ぐ財産を損なった親を訴えたり、年老いた親が子が自分の面倒を見ないことを訴えたりといった家族間の訴訟記録もある。これらに関して、判決にいたるまでの細かなプロセスは必ずしも明確ではないが、場合によっては証人を立てたり、証拠文書の提出を行っていたこと、偽証がバレた場合社会的地位の喪失、悪くすれば死を意味したことなどが分かっている。

*図説 古代エジプトの女性たち

罰則としては、浮気をした者の耳や鼻を削ぐというものが知られている。また、要職からの追放、追放、盗難については浮気より遥かに罰が厳しく、腕を切り落としたり目を潰したり、国外追放ということもあったらしい。
しかし死刑の決定は、王か高官のみにしか許されていなかった。人間は神の家畜であり、勝手に殺すことは神に対する冒涜とされたようだ。処刑は大抵川べりで行われた。血を流すためだろう。


流刑に遭った人々の集まる辺境の都市もあった。
実際に裁判で流刑を宣告された者だけではなく、脱獄者、逃亡奴隷、盗賊、死刑囚などがオシアスや山地などの孤立した環境に自然に集まって作った場所や、「政治犯の拘置所」として作られた場所もある。たとえば、ナイル川からはるか西方、砂漠の中のダクラ・オアシスやハルガ・オアシスなどは前者だ。また、ツタンカーメン、アイの後をついで即位した第18王朝最後の王ホルエムヘブの時代には、政治犯を東の国境付近の要塞都市に多数追放したという記録が残されている。こちらは後者だろう。

*古代エジプト 都市文明の誕生


これらの情報を総合すると、古代エジプトでの法律のあり方、社会秩序の維持の方法が見えてくるのではないだろうか。

明文化された法律は、おそらく無かったのだろう。基本的な社会概念としての正義と悪は存在したが、細かいところは被告と原告の訴え方次第。正しい正しくないの判断は裁判官次第だ。しかし死刑は滅多に行われなかった。政治的に難しい時代に生きたホルエムヘブ王でさえ、厄介な政治犯を僻地に追放するに留めた。(周囲が砂漠の要塞都市に送られるのは、死刑に等しい終身刑ではあるが…)

意外にも神明裁判は見つからなかった。(「マアトとゲレグ」という文学作品に見える例のみ)
人間の目に見える罪は、人間が裁く。見えない罪は、その人が死んだ時に死者の法廷でオシリス神が裁くもの。神々の持つ法律は明文化されており、「42の否定告白」として知られるが、そこでは「他人を侮辱してはいけない」「神々をないがしろにしてはいけない」といった、法律よりは道徳として語られるべき内容が多く並んでいる。
古代エジプト人は、神が裁くべき罪と人間が裁くべき罪を別なものとして考えていたのかもしれない。


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…しかし古代エジプトの裁判所って、浮気や相続の訴えが多いあたり現代の裁判所に近いものがあるなあ。
何千年も後の人たちに自分らの家庭の問題を読まれるとは本人たちは思っても見なかったに違いないが^^;

法廷で骨肉の争いもあっただろうし、弁明の最中に殴り合いに発展することもあったりなんかして。裁判官は今も昔も大変な職業なんだよなー、などと暢気なことを考えてみる。