「アーサー王伝説の起源 スキタイからキャメロットへ」の内容が酷すぎてどうしようもなかった件。

この本が流行った&物議をかもしたのは、今から考えるともうだいぶ前の話になる。

アーサー王伝説の起源―スキタイからキャメロットへ
青土社
C.スコット リトルトン


Amazonアソシエイト by ウェブリブログ


映画「キング・アーサー」の元ネタになったといわれる新説、”アーサー王伝説の起源はスキタイにあり” を記した本。ナルト神話との類似点から、その起源は明らかであると述べる挑戦的な本である。

古本屋でも図書館でも見つからず、結局、図書館に予約入れて取り置き確保。普段行かない図書館まで出向いて受け取り完了。
とりあえず、ざっと読んでみたのだが…

内 容 が 酷 い

根拠が甘い、理屈がヘタ、いまいち理解に苦しむ… と、予想した通りの分かりやすいダメ本だったんだが、それだけに、あれほど支持された理由も、まじめな物議をかもした理由も分からない。

※続編として、ダメなところへの大筋ツッコミ細かいツッコミ

まず、このテの本の中において、「~は明白である」「~は極めてxxである」という言い回しを頻繁に使う文章は、根拠を疑って構わない。


そうした強い言い回しは、人を納得させるに足る根拠があり、証拠を挙げられる場合には使われることはない。著者に証拠を挙げる能力がないか、証拠になり得ないものを誤魔化して強い口調で無理やり納得してもらいたい場合に使われる。この言い回しが前提条件に出てくるということは、その前提を元にした仮説はそもそも誤った前提の上に立つ砂上の楼閣である可能性が高い。よくわからん人はそのように疑って読むといいかもしれない。だいたい、そういう言い回しの場所がツッコミどころだ。


例をあげてみよう。

しかしながら少し考えればわかるように、
この仮説は正しいはずがない。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ヨーロッパの軍人は中世書記には、ローマ帝国後期の軍人と似た格好をしていたのに、中世末期には鎖かたびらを着て馬上槍試合をしていたのである。この中世末期のような武具と戦闘方法に出会うためには、イランの多数の墓に彫刻されているシーンに目を転じなければならない。これらは中世よりも千年も前のものであり、ヨーロッパからは数千キロも離れたところにある。

<中略>

明らかに、大草原地帯のイラン語族がヨーロッパに及ぼした影響力は、
^^^^^^^^^^
甚大なものだったのである。



ここで著者は何故、中世末期の「馬上槍試合」と、「イランの多数の墓に彫刻されているシーン」の比較図を挙げなかったのか。こんな書き方で読み手に意味が分かるはずもない。両方並べて「似てる!」と言わせたほうが、その後の論展開に有利ではないか。


理由は多分簡単。

似てないし、出した瞬間に否定されるからだせなかったんだろ…


画像


(手持ちのカラーがパジリク遺跡出土の布しかなかったけど。「イランの墓」のではないがスキタイのだからまぁ同じイラン系ってことで。)

画像
中世後期ってこのへん?(18世紀のド派手になった槍試合コスチューム)


画像
イラン系遊牧民の残した馬に乗る戦士たち(紀元前5世紀くらいと推定)


画像
バイユー・タペストリのサクソン人(11世紀)


こんなの馬に乗って武装して戦ってりゃ、似たような図になるし装備も似るわ。
むしろ騎馬民族の装備に一番近いのってバイユータペストリの元ヴァイキングな人たちじゃね?(描かれているのは北欧出身のサクソン人の皆さんだけどな!)

※この部分については、元となった研究があることが判明

こんな杜撰な言論をもって、「ローマもギリシャも重装歩兵が主流だが中世騎士文学としてのアーサー王伝説では馬が重要。それはブリテン島に騎馬民族の文化が入ったからかもしれない」って。
ケルト人の馬の女神エポナはガン無視ですかそうですか。ケルトの妖精って馬に乗って出てくる人多いんだけど。ケルト渡来以前の、石器時代のブリテン島の貴人の墓って馬埋めてあること多いんだけど。そういうの無視していきなり騎馬民族の影響なんだ。
つーか「騎士」=ritter(ドイツ語)って、もともと「馬に乗る人」って意味の言葉だぜ? 馬に乗らない騎士などおらんわ。騎士文学としてのアーサー王伝説の登場人物が馬に乗るのと、騎馬民族の馬なんぞ関係ないわ…。

何かものすごくツッコみどころ満載というか、何をどうすりゃいいのか途方に暮れる。


そもそも、この本の言ってるアーサー王伝説というのは、 何時の時代の アーサー王伝説なんだ。


時代を越え、国境も越えて様々な言語で語り継がれたのがアーサー王伝説。
マロリーの書いたアーサー王伝説は庶民受けするようになってから作られた末期の姿。起源を語るのであれば、アーサー王が生きていたとされる6世紀の、現存しない最初の伝承を前提として語るべきだろう? その時代に、石に刺さった 剣 は 存在しないぞ…

現在最も有名なマロリーの書いたやつは15世紀なので、そこから改変加わりまくり、フランスとイングランドでロマンス化したあとの変わり果てた伝説の姿。十字軍の遠征も終わっとるし、騎士文学の全盛期も過ぎてる。それをベースにして起源を語るのは無理がないか?

アーサー王伝説の中に東からの影響があるとしても、それが十字軍以前なのか以後なのかで、全く意味が違うんだが。…十字軍「以後」だったなら、それはアーサー王伝説の成立や起源とは関係なく、核となった物語が発展していく上で後から付け足された要素ということになる、よね?

アーサー王伝説の中にナルト神話やスキタイの伝承と類似する部分があったとしても、それが何時の時点で付け加えられたものか実証できなければ意味がないし、そもそも遊牧民は文字を持たず、自らの歴史を自ら記していない。ヘロドトスなり他の誰かなりの記録に頼るしかない。ということは、その時点で改変されてる可能性だってあるわけだよね。何故そんな重要なことを考慮しないで、結論ありきで話を進めているのか。

さきに挙げた装備の件だって、騎士の装備ってのは、十字軍遠征の時代に飛躍的に技術が改善されてるわけだ。
中東に行ったら暑かったので、肌に直接チェインメイルが触れるとヤバいということになり下着が開発されたり。
鋳金術も当時はアラブのほうが進んでいたので、その技術を取り入れたり。だから中世「末期」の装備を比較に持ち出す時点で、そもそも論外。さらに「ヨーロッパ」なんていう曖昧な言葉も論外。ヨーロッパとは何処から何処までだ? ローマの勢力圏ならエジプトやアルジェといった北アフリカが入ってEUの北のほうは入らない。あくまでヨーロッパに限定するなら、アフリカは外して北欧のゲルマン民族まで入る。





ちぅわけで、何か凄い勢いで納得のいかない内容になっております。
遊牧民の伝承がアーサー王伝説の起源に関わる可能性は限りなく低く、まずあり得ないと思うけど、後世の変化、物語の発展に関わった可能性は完全に否定は出来ないので、そこについて証拠を挙げて仮説を組み立てているのならアリかなーと思ったんだけど、そもそもそれ以前の問題だった。これじゃトンデモ本と変わらんレベルだ(笑) …ほんと、なんでこれで有名になれたの…? つか私の前に図書館で借りて、付箋はさみまくってマーキングまでつけて熱心に読んだ人は、これで一体何を勉強したんだ。

これが2004年の映画放映当時であったなら全力で斬ったところだけれど、既に旬も過ぎ書店の取り扱いも無くなっている今… 後続のためにツッコんでおくべきか、はたまた歴史の闇に葬り去るべきか、悩む。

(本の内容とは別の次元で、Beowulfを「ベオルフ」にする訳者の訳も信用ならない。複数回そう書いてるってことは脱字ではなさそうだし)


>>つづく


==================
エクスカリバーについての全般まとめは本体サイトのこちら↓の記事になります。
http://www.moonover.jp/2goukan/arthur/excalibur.htm




******************

【2017/5/28追加分】

ここ10年くらいで研究が進んで、ケルト観が大きく変更されました。
最近の研究では、巨石文化がケルト人関係ないことはもちろん、そもそも島のケルトは存在しなかったと(ケルトじゃない別のなにか)いうのが主流説となっています。

「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話
http://55096962.at.webry.info/201705/article_21.html

そのため、ブリテン島やアイルランドのケルトについて言及ている部分は、土着の古来文化と読み変えてください。

なお今まで「ケルト神話」と言われていたものも、島のケルトに属するものは”ケルト”神話じゃなくなります。
アーサー王伝説もケルト由来とは言えなくなりました…。