古代エジプト第18王朝のめくるめく近親相姦な家系図  ~夢と現実、その代償~

妹とも娘とも

実の母とも年下の叔母とも

お義母様とでも

第18王朝のファラオ様なら、法的にも世間的にもオッケーです。




何の話だって? いやだな分かってるくせに。
「それ何てエロゲ」な展開も、古代エジプトのファラオ様なら許される。ていうかむしろ 推奨 ですらあったというお話。


…いやまあ、何千年も昔の話ですし、ちゃんとした家系図が残っているわけでもないので分かっている範囲は狭く、血のつながりも何処までどうなのかっていうのはハッキリしませんが。それだけに想像の余地があったり無かったり。深刻に語ろうとすれば何処までも深刻になるけれど、下世話な展開から適当っぽく始めるのがウチのお約束。



そもそも古代エジプト、遡れば神代から、兄妹の組み合わせで結婚してきたわけですよ。世界最初の男女のカップル、シュウとテフネトが結ばれ天と地が生まれたその時より、兄と妹とは結ばれる運命。つかまぁ世界に男一人、女一人だと他に選択肢も無いわけですが。天地開闢は、天と地の夫婦の仲良さにShitした大気の神(天地の父)による強制別居から始まると申します。そこから始まり、ゲブとヌト、オシリスとイシス、セトとネフティス。代々兄妹で結婚してきた神々の血を受け継ぐ現人神にして神聖なる家系の王たちもまた、聖なる血筋を守るため、一族から積極的に伴侶を選択したわけです。
神に許されることは、地上の神である王にも許されること。これが古代エジプト王家のルールであります。

ことに第18王朝の家系図は一段酷いというか、判明しているだけでも近親婚だらけ。ま、この王朝の方々が特別だったかどうかはまた別の話なんですが。王家の中では時代が新しく、ツタンカーメンなど有名な方々も居て良く研究されているということもあり、家系図が比較的詳しく分かっているからこそ近親相姦の証拠が多いだけ「かも」しれません。




いまいちピンとこない人のために第18王朝とはどんな王朝だったか、どんな王様がいたのか有名な人物を挙げてみみます。有名人を挙げるといっても、この王朝の王様はほとんどがかなりの有名人なんですけどね。


イアフメス
ヒクソスを追放、ヌビアを制定。テーベに首都を構えてエジプト再統一。
いわば中興の祖みたいな人。

アメンヘテプ1世
テーベにカルナック大神殿の建設を開始する。

トトメス3世
通称「エジプトのナポレオン」。
数々の軍事活動を行い、メギドの戦いが有名。徳川で言ったら家光。

ハトシェプスト女王
言わずと知れた有名な女王。自ら王と称し男装した姿で公式の記録に登場する。
娘婿に代わって実権を握った。

トトメス4世
砂に埋もれていたスフィンクスを掘り出した王。
スフィンクスの足元に立つ「夢の碑文」で知られる。

アメンヘテプ4世(アクエンアテン)
宗教改革を行い、首都をテーベからエル・アマルナに遷都。
唯一神アテンを崇めるも、改革は一代限りで終了。
徳川で言ったら綱吉。

ツタンカーメン
アクエンアテンの跡をついで即位するも、短期間で没した。
豪華絢爛な副葬品で有名。



どうですか。この錚々(そうそう)たるメンバー。

しかしながら、この第18王朝の王様たち、兄妹結婚はむしろデフォルト、家系図を見ると娘や孫、娘婿でも何でもオッケーなカオスな血筋なのです。アクエンアテンの前後だけの家系図でさえ、下図の状態。(アマルナ王家と言っているのは、アクエンアテンがアマルナという場所に遷都した短い期間に関わる、第18王朝後期の王たちの家系図、という意味。)

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ここには書かれていませんが、祖父と結婚 というパターンもあったりして、第18王朝は正にリアル止階段(※)。
ちなみに、この家系図はごく一部、かつ、幾つかの可能性がある中の一つに過ぎません。
この家系図ではツタンカーメンはアクエンアテンの異母兄弟だが、伯父と甥の関係だった可能性、スメンクカーラーとツタンカーメンが実の兄弟だった可能性などもあり、資料によって若干異なることはご了承を。



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前置きはここまで。ここから下が、次回に続く布石、少しだけマジメな話となる。



彼らはなぜ、近親婚を繰り返したのか?

ひとつは信仰上の理由。
王家は神の家系であるという信念ゆえに、庶民の血とは交われないというプライドがあったと思われる。アクエンアテンの父アメンヘテプ3世は庶民からティイという妻を娶ったが、これは異例中の異例だった。また、ツタンカーメン亡きあと、残された妻アンケセンアメンが自国から夫を選ばず、遠くヒッタイトに「婿として王子を寄越してほしい」と書簡を送っていることから推測できる。王家の婿・嫁は、基本的に王家の一族か異国の王家に限られたのだ。

そしてもう一つは、(たぶんこっちが重要だったと思うが)権力の拡散を防ぐため。
血縁者同士の婚姻は、王位継承者を絞り込み、要職を一族で固めるために有効な手段だったと思われる。第18王朝の王たちが偉大な業績を成し遂げられたのも、多大な富を握れたのも、王の一族による強力な支配が無ければ実現しなかったはずだ。たとえば、アクエンアテン王の強引な改革も、そもそも最初に王の権力が弱かったなら、言い出した時点で周囲に潰されていただろう。

※女系で王位を継承してたからだという説は現在では否定されています


しかしながら、このカオスな家系図の結末を現代に生きる我々は知ることになる。
考古学とは、何千年も昔の真実を容赦なく暴き出す…ある意味残酷な学問である。

近親婚を繰り返した結果、第18王朝の人々は深刻な遺伝病を抱えていた。皮肉なことに、ハトシェプスト女王のミイラを特定する要素の一つに、同じ家系に属する他の王たちのミイラに見とめられるのと同じ先天的な皮膚病の痕跡があったことが挙げられる。

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またツタンカーメンの墓に収められていた、彼の娘と思われる二体の幼児ミイラは、いずれも先天的な遺伝病による奇形だったことが分かっている。ツタンカーメン自身、足に障害があったのではないかという説もある。
濃い血筋は、一族の特徴的な外見にも表れている。アマルナ芸術に見られる、男性でありながら丸みを帯びた腰、長く伸びた頭蓋骨といった奇妙な人物像も、誇張されているだけで実際の王たちの姿を写していた。


第18王朝は、ツタンカーメンが子供を残さず早世したことにより結果的に終わりを告げるが、(彼の墓に埋葬されていた女の子のミイラが実子なら)子供が正常に生まれなかったのは先天的な遺伝子病によるものだから、結果的に近親婚を繰り返したことが第18王朝終了の原因ということになる。

その反省もあってか、第19王朝は、そこまで家系図がこんがらがっていない(笑)
王たちのミイラに遺伝病の痕跡が見つかったという話はついぞ聞かず、サプタハ(シプタハ)王の足に幼児ポリオの後遺症が見られるのはあるが、遺伝病ではないようだ。


よく、ツタンカーメンの娘とされる赤ん坊のミイラを指して「この子たちが無事に生まれていたなら、ラメセスの世にはならなかっただろう」と言われるが、純血を守ることにこだわらなければ良かったわけで。しかしながら純血を守ることにこだわらなければ、王の絶対的な権力もまた守れなかった可能性があるわけで。
どちらを選んでいても、いずれ王朝なんて終わるときは終わる、時代は変わるべき時に変わるものと言えるだろう。



ここまで。



尚、このエントリに、身体に問題を持つ方や、先天的な遺伝子異常に悩む方を茶化す意図は全く無い。絶対的な権力を誇った古代エジプトの王たちもまた、我々と同じ人間だったという話である。彼らはいずれも、歴史に残る偉大な王たちだった。


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※止階段とは…

「止(とまる)」とは、Nice boat. で知られるとある学園ものエロゲ(?)シリーズに登場する、自分の娘や孫に次々と手を出す性欲絶倫かつド外道な男の名前。子孫に次々と手を出すので家系図が階段状になっている状態を指す。素晴らしくどうでもいい知識なので、このへんは気になってもググらないほうがいい。
メソポタミア神話でいうとエンキ神。(エンキは娘にも孫娘にも手を出し、奥さんにブチ切れられた逸話の持ち主)
だが止からはエンキほど優れた子孫は誕生していない。むしろロクな子孫が居ない。やはり人間は近親婚すべきではないようである。