ギリシャ・ローマの哲学者たちが、もしもパピルスに書かなかったら。

図書館でなぜか世界地図の隣に挟まっていた本。聞いたこともない出版者で、タイトルだけ見てフーンって感じで手に取ったんだが、こいつがなかなか面白かった。視点が面白い。「パピルス」という情報媒体から見た古代史の世界。

パピルスが伝えた文明―ギリシア・ローマの本屋たち
出版ニュース社
箕輪 成男


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書くものが無ければ文字は生まれず、言葉は形となって現れない。
文明を伝えたものは、文字であるとともに  である。

古代エジプトにおいてはパピルスはもちろん文書を書く上で欠かせないものであり、ある意味エジプトの象徴と言っていい存在だ。末期王朝以降になるとエジプトから輸出され、ギリシャ・ローマの人々もパピルス紙を利用した。また、初期キリスト教の文書(例の「ユダの福音書」なんかもそう)は、パピルスに記されて見つかっている。

しかし…

 それゆえに、初期キリスト教やギリシャ・ローマの多くの文書が失われた。



この著書は、「そもそもパピルスは脆くて湿気に弱くて、保存に適さない。だからエジプト以外ではほとんど残らなかった」と言っている。 言われてみりゃそーだ。 エジプトは基本、乾燥してるからパピルス残ってるんだよ。ギリシャ行ったら雨降るじゃん。地下墳墓に浸水もするじゃん。空気中の水分多いし、まあ残りにくいわな…。

しかも脆いため、保存期間はだいたい100年ほどだという。それを越えるとパピルスはボロボロになってしまう。「ユダの福音書」が、発見当時、端っこはほとんど粉になっていたことを思えば、読まずに置いておくだけでも劣化は酷いものだったのだろう。消失を免れるためには頻繁に書き写さなければならない。うっかり書き写しを怠ると、判読不可能なレベルまで粉々になってしまう。

さらに厄介なことに、パピルスは「高い」。
生産量が少なかったのもあって、エジプトが輸出を渋ったからだ。エジプト国内にいる高級とりの書記ですら買うのが大変だったくらいのお値段だったパピルス紙を、関税のかかる外国で書物の更新のために大量に買い込むことは難しく、かなりの書物が更新されないまま劣化して消失したものと思われる。
…要するに。ギリシャ・ローマの古い文書があんまり残っていない原因の一部は、言ってみれば「パピルスに書いたから」なんだな。^^;


このへんの理由もあってか、パピルスは次第に情報媒体としての地位を失っていく。
パピルスが最後に情報媒体として使われたのは10世紀ごろだが、その数世紀前には既に主流ではなくなっていたという。まあパピルスは植物なので、病気が流行って減ってしまったのも一因だとは思う。当時は農薬もないし、パピルスはナイル下流の中洲という限られた狭い場所でしか生息していなかった。

パピルスに代わって登場したのは、「羊皮紙」つまり羊の皮だ。羊皮紙も高価な素材ではあるが、たった100年で粉々になったりしないし、表面を削って書き直しも出来る。湿気にも強い。羊皮紙の登場によって、古代の文書は保存されやすくなった。紙は偉大な発明品である。


竹簡、粘土板、陶器片… あるいは石。
文字を記録する媒体は、時代によって、場所によって違っている。長く確実に保存するという意味での最強は石だと思うが、石は面積あたりに記録できる量が少なく、単価が高すぎる。コスト面や、保存スペース、保存期間を考えれと、やはり優秀なのは、竹簡や、今でいうところの「紙」だと思う。アジアは記録媒体に恵まれたなあ… 思う次第である。