大航海時代Online(32) それぞれの戦い 、リアルという名の戦場

大航海時代Onlineは、平均年齢30歳。

GNOを除けば、おそらく日本最高齢のネトゲユーザーのコミュニティであろうこのゲームにおいて、深刻なのはメンバーの高齢化であろう。成人病適齢期だったり、仕事も一番脂の乗る時期だったり、人生を考える時期だったり。かく言うウチの商会でも結婚したり子供が出来たり仕事忙しくなったりで、商会イベントやるにも休日夜じゃないと厳しーぜ! な状態。

新人さんが入っても、ゲーム内年齢が若くても中の人は若いとは限らんしな(笑)





もしかしたら明日の日本を担う人々の集まりかもしれない大航海。
そんな前フリを心に留めて先へお進みください。





最近ゲーム内でやってたこと。
いつもどおりのカリブ交易。暴落調整の研究。
改良フルリグドを量産して 極悪珍品堂 に卸す。
あとは…

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商会で納品物の生産会。(火炎壷)


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大クリッパーに強化舵をつける。


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他人の家の屋根裏に潜む。


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商会総出でカリブへ交易ツアー!



あとは、深夜にジェノヴァで見かけた プライベート状態の幼女キャラ を追い回したり、いつもどおり建物の陰に潜んでお金の受け渡しを眺めてたり裏キャラで冒険してたり裏キャラでシナリオイベントやってNPCに撃沈されたり色々かなー。


とっても平和です。

とくに気になるアップデートもなくイベントもなく。
商会員数が安定しているのでPS3ユーザーの勧誘合戦も参戦せず。
レベル上げも一段落したし、取り立てて上げたいスキルもない、強いて言うなら伯爵になるための名声が必要だが海事はやりたくないでござる状態のプレイヤーにとっては、いつもと変わりなき日常が淡々と続いていくのであります(笑)

毎年のこととはいえ、この時期は確かにつまらないんですよね。





そんなゲーム内で、面白いなあと思ったこと。

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大海戦、ヴェネツィアのターン(ヴェネツィアが攻撃目標を選ぶ回)の攻略目標に、メンテ入る前に旗が変わっていた街と、何故か オ ー ス ト ラ リ ア の 僻 地 が入ってる(笑) 不自然なシェアだよねとかはまあどうでもいいか。



以前は攻撃目標として決定されるまでその街に投資が出来たのですが、今は、大海戦の候補町に選ぶと、その街には投資が出来ません。
なんでかっていうと、以前Z鯖で、攻撃目標のアンコナ(ヴェネツィア同盟港)が、投票の締め切り直前に大量投資をされてヴェネツィア以外の旗に変わってしまい、大海戦の対戦組み合わせが入れ替わり、サーバ全体で大ブーイングになったから。

でもさ、どんなにシステムを変えても、必死な人がいる限りそのシステムは摺り抜けられるんだ。いい加減、運営はそのことに気づくべき。
大海戦がそろそろ来るなと思ったら、その回のメンテ直前に投資すればいいだけだし。
プレイヤーの平均年齢の高さゆえに、平日はほとんど人がいない。メンテは平日の午前中から始まるので、夜中から張り込んで毎時間少しずつ投資すれば誰も止められない。

敢えてそれをやる人はそうはいないが、やろうと思えば出来ること。
しかしながら、このゲームには、 ”システムとして出来ることは何をやっても構わない” という考えの人がいることを、既に私は知っているわけで。(笑)



「ゲームにそこまで必死になるのは馬鹿」と言う人もいるけど、私は別に、真剣になる対象が何であっても構わんと思う。それを言っちゃうと私だって、仕事の役にたたんうえに金にもならん趣味の古代文明研究やら神話サイトやらやってること自体「馬鹿だろ」「無駄だろ」ってことになっちゃうからね。その人にとって何が価値あることなのか、何に人生を賭けるのか(たとえその対象がネトゲであっても)、好きにすればいいと思うわけです。

だけど、ただ「好きにやってる」わけではない。

そこに、 人に認められたい という欲求があることに気がついて、断然面白くなってきた。


心理学の有名な理論に「マスローの欲求段階説(欲求充足説ともいう)」というのがあって。
これに年齢モデルを組み合わせたものもあり、30才になるあたり、ちょうど大航海プレイヤーの平均年齢のあたりの成人が最も求めるのが、社会的な評価。「他人に認められること」という同じ欲求でも、10代の持っている「認められる」と、20代30代の持つそれは意味が違ってます。高校生くらいだと仲間内に認められるだけでもう全然オッケーなんでしょうが、もっと大人になると、会社のような集団や社会的な評価を求めだすわけです。


 …え? そんな話はどーでもいい?


手っ取り早く言うと、ネトゲに重要な意味を持たせて必死になってしまう人がそこに求めているものは、通常であれば実在の社会に求めるべき欲求の充足、自己実現の場であって、「ネトゲ内の」社会における評価ではなかろうか、ということ。

これには、単なる個人のユーザーコミュニティではなく 「社会」と呼べるほどの人間構造 がゲーム内に形成されていることが条件となりますが、プレイヤーの年齢層がある程度高く、お遊びとはいえ議長や議会、冒険者団体や商会などが存在する大航海は、ある意味、ロールプレイングで国家や社会を形成している場所と言えなくもない。


だとすれば、どんなに辛くても会社を辞められない人、辛くても評価があるから満足していると答えられる人と、精神構造は同じ。人の心が求めるものは大して変わらない。求める場所と、求める形が違うだけ。
真剣にやっている人にとって、ゲームはただのゲームではなく、まさしく「もう一つの現実」、リアルの世界では得られない自己実現の要求が満たされる大事な場所になり得るということです。



この仮定が正しければ、自己実現の場としての大航海時代Online を求める人にとって最も重要なことは、その世界で自分が立場を守り、評価され続けることのはずです。投資にしろPKにしろ別の何かにしろ、設定した目標はその手段に他なりません。だから目標の変更は自己の敗北には繋がりません。
また、システムがいかに変更されようとも、それによって目標が変更を余儀なくされようとも、「立場を守り、評価され続けること」つまり自分の居場所が存在する限りは、文句は言わないでしょう。

己のリアルでの存在が否定されることも、中の人が人格攻撃されることもヘのカッパでもないはずです。だってリアルは最も高次な精神的欲求を満たしてくれる場所ではないのですから。




ま、特定の人を指して上記のようなことを思ったわけではありませんが、発達心理の人がネトゲで論文書いたら面白そうだなと。(私の専攻は社会心理学だった、まぁ近いけど)
年齢層の高いネトゲユーザーのサンプルが集まる場所って、そうそう無いんじゃなかろうか。



自己実現要求は、人間の精神発達段階において正常な欲求であり、年齢的に大航海プレイヤーの大半にとって最も重要なものと位置づけられるものなのだということ。仕事や家庭で満たすのも、趣味の世界で満たすのも、その人の勝手。要求を満たす場所や方法は人それぞれなんだけど、仮想社会における自己実現ってのは、研究が難しそうだけどなかなか面白いテーマなんじゃないでしょうかね。

仕事に打ち込んで自己達成を目指す人がいる一方、同じだけの真剣さと労力をゲームに打ち込んで自己達成を目指す人がいる、というのは、ありえないことではないし理解できないことでもない。ただ、社会的評価を得たいという自己実現要求が、ネトゲ内のユーザーコミュニティが作り上げた仮初の「社会」で満たせるものかどうか。
もし、それが出来る人がいるとしたら、その人は、誰よりもゲームを楽しみ、誰よりもゲーム内のキャラクターに成り切り、そして誰よりも(歪んだ形にせよ)、そのゲームを愛している人なのだろうと思う。



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