アーサー王の墓発見にまつわる「疑惑」 その真実

聖杯ネタをひっぱりだしたついでに、何気なく「アーサー王物語Ⅳ」(トマス・マロリー、井村君江訳/筑摩書房)を読み返していた。以前紹介した、マロリーの「アーサー王の死」の完訳である。

巻末の解説部分に大変なことを書いてあった…。


さらにアリマタヤのヨセフは現在グラストンベリー(サマセット)の地に埋葬されており(1184年遺体発見)、アーサー王・グウィネヴィア王妃埋葬地も同じくグラストンベリーで(1191年発見)、ガラハッド卿の心臓もこの地に埋められていると伝えられている。

(解説 聖杯探求の旅/井村君江)



だうとおおおお!

いやそれ修道院のデッチ上げ…。井村センセーどうしちゃったんだ。まるで本物みたいに書いちゃダメだろう^^;



まず、アーサー王の墓について――だが、現在、この「墓」は存在しない。
グラストンベリーの修道院は、1539年、ヘンリー八世によって解体を命じられ略奪を受けた。その際に、アーサー王の遺骨とされたものや、墓を発掘した際に発見されたという品々も廃棄されてしまった。また墓から見つかったという銅の十字架も、17世紀の記録を最後に行方が分からないという。

12世紀当時、写真も、現在のような詳細な考古学の手法も存在しない。十字架の碑文の写し(そこには”これはアーサー王の墓ですよ”というような内容が書かれている)は存在するが、十字架の文字の写しと、墓を発見した人による十字架の内容の写しが一致せず、墓の碑文としては不自然な点が指摘されている。

従って、今となっては「アーサー王の墓」が本物だったか、偽者だったかの結論は出ない。
実物が残っていなければ、全ては推測の域を出ないのだ。



ただし、状況証拠は「本物」説を否定する。


●アーサー王は死んでいなくてはならなかった

政治的な理由から、アーサー王は「死んでいる」という証拠が必要というのが一つ。

アーサー王は「ケルトの英雄」である。しかし当時、ブリテン島の覇者はゲルマン系のノルマン人。民族が異なっている。
ケルト人にとって、かつて彼らの栄光時代を作ったアーサー王は「過去の王」であるとともに、いつか戻ってきて自分たちに再び栄光をもたらしてくれる「未来の王」である。彼らは、アーサー王は実は死んでいないのだ、という信仰にも近い信念を持っていた。支配階級のノルマン人には、反乱に繋がりかねない、その信仰を打ち砕く必要があった。
「墓」と「遺体」は、アーサーが死んでおり、二度と戻ってこないことの証明になると考えられたかもしれない。

してみれば、ノルマン王家の人々がこの墓を丁重に扱い、ことさら過去の偉大な王のもののように喧伝したのも、政治的な理由からに他ならない。反抗を続けるケルト人の反抗の意思を折り、懐柔するための手段として効果的だろう。


●グラストンベリー修道院は当時、多額の資金を必要としていた

聖遺物によって権威を高め、多くの寄付を集めようとする行為は多くの寺院で行われていた。そのため中世では、聖遺物の盗難(ほかの寺院から奪ってくる!)まで発生していた。アーサー王の墓となればその権威は重大である。
実はグラストンベリー修道院には、アーサー王の墓が”見つかる”まで、聖遺物がなかった。そのうえ1184年に火災によって被害を出しており、再建のために多額の資金を必要としていたのである。
まず彼らは、聖パトリックと聖ダンスタンの遺骨が自分たちのもとにあること、火災によって発見されたことを主張した。しかしどちらも捏造がすぐにバレて失敗してしまう。アーサー王の墓を”発見”した、とするのは三回目の挑戦だったのだ。

三番目の主張が、ほかの二件の聖遺物の捏造と同じように否定されなかったのは、競合する寺院(実際にその聖人の遺物や遺骨を所有している寺院)が無かったこと、ノルマン王家によって、この発見が政治的に都合のよいものとして保護されたことによるものと思われる。


もちろん、既に当時発見されたとされる墓も遺物もうしなわれている今、断言することは出来ないのである。
しかしながら、疑わしさは限りなく黒に近く、これを学者が事実として扱うことには強い抵抗を覚える。



さて次にアリマタヤのヨセフについてだが、この人は十字架にかけられたイエス・キリストの遺体の引き取りを申し出た人物として知られている。アーサー王伝説がキリスト教化するに至って、"グラール"と呼ばれていた皿が"聖杯"と姿を変えた際に登場するようになる人物である。
聖杯は、キリストの血を受けたとされる。その聖杯がなぜブリテン島にあるのか。物語に登場させるためには、もっともらしい理由をつけなくてはならない。そこで詩人は家系図を作り、過去に遡って物語を作り上げた。"それはキリストの復活後、ヨセフがブリテン島にやって来たからだ…。"

こうした伝説は、いずれも「後付け」で作られたものにすぎない。フランスでアーサー王の物語が騎士文学として作り変えられる以前には存在しなかったものだから、当然、アリマタヤのヨセフの墓や聖杯がブリテン島にあるはずもない。そう見える何かがあったとすれば、年代の新しいものか、別の解釈が必要だろう。


別になにもかも否定して夢を無くそうというわけじゃないのだが、「歴史事実」 と 「物語上の設定」 は、混同しちゃダメだ。