東方ヴァイキング、はじめました。

実は今まで全く手をつけていなかった東方ヴァイキング。
アイスランドから西へグリーンランドか、南へブリテン島、もしくは地中海へといった航路は追いかけたことがあったけれど、とにかく東へ行ったことがない。まあ神話絡まないからな!(そんな理由か)

と、いうわけで「イングヴァールのサガ」。
イングヴァールの遠征は悲劇的な結末に終わったとされるが、要するにイングヴァールふくめ大半が生きて戻ってこられなかったということだ。未知なる場所へ探検に出て、思いもよらなかった困難に遭遇し命を落とす。それはよくあることだし、本人たちも覚悟はしていただろうから、個人的には、それほど悲劇でもないと思う。

この東方遠征の失敗により、以後は東方への遠征が行われなくなり、そのままヴァイキング時代が終了する。
(地中海を回る航路のほうが使われるようになった)


では東方ヴァイキングが具体的にどういう航路を使ってたのかというと…

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喫水の浅い川用の船でまず川を遡る。
で、船を担いで山を越えて、山脈の反対側の川を下る。ひたすら下る。
この方法で黒海やコンスタンチノープルまで行ったことは確実で、彼らの持ち帰ったコンスタンチノープルの品々が北欧で発見されていたりする。ヴァイキングの行軍スキルの高さは異常。まあやろうと思えば山賊も出来るってことですね(笑)


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黒海東岸からの航路、ここから先は人によって説の分かれるところ。
"結局、イングヴァールはどこまで行ったのよ?" "サガや石碑の言っているはるかな地とは何処よ?" という地図が上のもの。どうやらカスピ海まで行ってたみたいです。

こちらも同じように川と川の間の山を船をかついで陸路で越える旅路ですが、リオニ川とクラ川ではなくヴォルガ川とドン川を使ってる地図もあるかもしれない。この辺りははっきりしない。


サガの中には、謎めいた女王との出会いや戦い、竜の出現など空想的な要素も多いのだが、確かに言えるのは、この遠征自体が空想ではなく実際に行われたということ。
イングヴァールは実在し、彼とともに東方へ出かけて命を落としたヴァイキングたちがいた。
何故そう言えるのかというと、ウップランドには数えて26基、「イングヴァールとともに散った」人々を悼むルーン石碑が立っているからだ。

口伝によって伝えられ、後世に書き留められたサガには物語的な要素が含まれる。しかし、死者の家族によって、死者の生きていた時代に建てられた石碑は、その人物が確かに生きていたことを意味する揺ぎ無い証拠となる。ルーン石碑はいわば墓標のようなもの、一人の人間が生きた記念碑でもある。

東に消えたヴァイキングたちの放つ最期のきらめきが、多くの学者たちを捉えてきた。彼らの旅路は、今なお語り継がれる伝説として此処にある。




簡易表。人物関係はそれほどややこしくない。
イングヴァールはスウェーデン王家の血筋にあり、彼に従った人々も、死後家族に石碑を立ててもらえるくらいだから、裕福な人が多かったようだ。
…しかしいつも思うのだが、サガの登場人物の家系図って、必ず誰か暗殺された人がいるのな…^^;

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