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zoom RSS クフ王のピラミッド内部の文字

<<   作成日時 : 2008/08/07 00:10   >>

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第四王朝時代のピラミッドの内部には、まだ装飾は存在しない。「死者の書」など内部装飾が施されるようになるのは、ピラミッドがやや小ぶりになる第五王朝からだ。
だからギザの三つの大きなピラミッドの内部は、入ってみても拍子抜けするくらい何も無い。

しかしながら、クフ王のピラミッドについては、内部に、「文字」があったことが知られている。王の間の上部に隠された空間、建設時でなければ書けないであろう場所に書かれた王の名前。


 その、クフ王のピラミッド内部の文字(クフ王の名前が書いてある)について
 疑問を唱える人を目撃してしまったわけだが


と、いうわけで、今回は、クフ王のピラミッド内部の文字について基礎知識を流しておくことにする。



「クフ王のピラミッド内部の文字」は、日本語で検索してみても出てこない。てっきりwikipediaにはあるんだろうと思っていたけど、そこにも無い。なるほど。偽造説が出回る以前に、まずそれがどんなものかよく分からないというのがありそうだ。

とりあえず実物を出そう。↓こんな感じ。

画像


現在は物理的に通路が塞がれており、一般観光客が目にすることはまずない。

画像


場所はここ、ピラミッド内部で最も大きな空間である王の間の真上。

まあ、だから何? といわれても、書いてあったよ。くらいのもので、文章ではないし装飾でもないから特に深い意味を読み取ることは出来ない。
じゃあこれは何なのか、というと、他の神殿や石切り場、クフ王のピラミッド近くで見つかった木造船のパーツにも書かれている、運搬・組み立て用の指示メモだと考えるのが一番ありそうかなと。他に例がないなら「なぜこんなところに文字が!!」…と、いう話にもなるんだろうが、他にも同じような例があるんだから、「文字がある」という事実だけで、ここからメッセージ性を読みとるのは難しそうだ。

おそらく、大ピラミッドを構成する石の、他の部分にもこうしたメモ書きは多数残っているはずだ。解体して石を1つ1つ調べれば出てくるだろう。

ただ、通路や室内など、見える部分のメモ書きは、普通、完成前に消すよね?

この落書きが残ったのは、そこが、完成したらもう見えなくなる部分だから。
ダイナマイトで爆破したら空間がありました、そこに工事用のメモが残っていました… 不思議はない。


さて発端となったのは、この落書きについて、グラハム・ハンコックが「こんな証拠、嘘だい」とゴネゴネしたために、「落書きは発見者が書いたもの」と思い込んでいる人の発言だった。よりにもよってハンコックかYO、と言いたい所だが叩くなら相手を知らねばならない。

以下に、この落書きについて言及されている箇所を引用する。
なお、以下は、最初に貼った断面図と見比べながら読んでもらうと、状況がわかりやすいかと思う。
ハワード・バイスは、ピラミッド内部の壁をダイナマイトで爆破し、結果としてクフ王の名前いりの落書きを見つけた人物。当時は、ピラミッドを爆破して宝探しをするのが当たり前の時代だったことを念頭においていただきたい。


怪しげな証拠

石工マークを発見したのはハワード・バイス大佐だった。それは1837年にギザにおいて強引な発掘を行った時だった。大佐はすでに存在していた狭い穴を広げて、連続する四つの狭い空洞までトンネルを掘った。ここは「重量軽減の間」と呼ばれており、王の間のすぐ上にある。石工マークはこの上部四つの空洞の壁と天井に書かれていた。内容は次のとおりだ。

 石工ガング:クム・クフの白い王冠の力は強大だ。
 クフ
 クフ
 クム・クフ
 17年

ーグラハム・ハンコック「神々の指紋」 下巻 P36



(…クム・クフじゃなくてクヌム・クフと書いてあったんじゃないかと)
(訳者の大地氏は予備知識を持っていなかったようだ…白冠くらい調べようぜ)



さらに、このあとハンコックは、この「落書き」に以下のような疑問を呈する。


(1)奇妙なことに、後にも先にも大ピラミッド内部で「クフ」という名前が発見されたのは、この時だけである。
(2)奇妙なことに、発見された場所はこの巨大な建造物の中でも人目につかない、辺鄙な場所だった。
(3)奇妙なことに、あらゆる種類の碑文が全く存在しない建造物で、これらの落書きだけが発見されている。
(4)非常に奇妙なことに、五つある「重量軽減の間」の、上部四部屋でのみ発見されている。したがって、問題意識の旺盛な人ならば、五つの「重量軽減の間」の一番下の部屋をバイス大佐が発見していたら(ナサニエル・デービソンがその70年前に発見していたのではなく…)ここの天井や壁にも石工マークがあったのではないか、と当然考えるだろう。
(5)奇妙なことに、石工マークの象形文字のいくつかが逆さまに塗装されており、そのいくつかは判読不能で、別のものは誤字だったり、文法的に間違っていた。



もう既に述べたように、これらは「運搬・組み立て用の指示メモ」であり、完成したら消してもかまわない、残しておく必要のないものだったと考えられる。
そうだとすれば、上記の疑問はすべて合理的に説明がつく。いや、むしろ、そうだからこそ合理的に説明がつく。もしもこれらの落書きが偽モノだったとすれば、体勢的にも厳しい場所に、わざわざ上下逆さまに、文字を書くことになる(笑) それはハンコック氏が自分で項目5に述べているとおりだ。石を積む前に、「この石はここに積め」と指示を書いてから石を積んだ、だから文字の書かれた方向がまちまちになっているわけで。

文法や文字が間違っている? だからどうしたと。
石切り場に書かれた作業メモは、計算まで間違ってるぞ!(笑)
「1日に5つの石を切り出すので、200個の石は2週間(20日)あれば間に合う」とか、その計算をした人のその後が気になって眠れなくなるようなミスがあちこちに残っている。ちょっと文字が書ける程度の、下っ端の技術者はそんなものだ。むしろ、そういうチョンボがあるからこそエジプト人らしい。
誤字があるくらいでは、根拠にはならない。

(1)から(3)についても同様だ。「人目につかない辺鄙な場所」にだけ落書きが書かれたわけではない。逆に、たまたま人目につかなくて消されずに残っただけだろう。
ピラミッドを分解して石を一つ一つ調べれば、たぶん他の石にも残っているんだろうが、消されずに印が残っていて、さらに石を壊さなくても見える場所、という条件に一致したのが重量軽減の間だった、ということだろう。

(4)については、…まぁ、問題意識の旺盛な人は、そもそもこんな不自然な推論はしないだろうし、他の可能性も考えるだろう。一番下の部屋は一番広いし、一番最後に作っただろうから、落書きを消す余裕があったのかもしれないわけだし。



と、いうわけで、この文字自体は、特に根拠が疑われるようなものではないと私は認識している。
もし、この落書き(建築メモ)が偽ものとするならば、文字に使われている染料の成分分析をしなくてはならないだろうが、そうした研究が成されたかどうか残念ながら私は知らない。いちおう検索してみたが今回は見つからなかった。もし存在するならば、偽造説を否定するものにせよ肯定するものにせよ、少なくとも、「神々の指紋」よりはマシな根拠となるだろう。

なお、この文字が仮に後世に書かれたものだったとしても、ピラミッドを誰が作ったか? という論争には、ほとんど影響しない。何故かというと、ピラミッド周辺からクフ王の名前を記した遺物が出てきているから。
ハンコック氏は自説にあわない証拠は徹底的に隠す人だから、「クフ王のピラミッドだというのは、これが唯一の証拠! コレさえなければピラミッドを作った人は誰なのか分からない!」と言われて、信じてしまった人もいるのかもしれない。


*************

そのほか、ハンコック氏が「大ピラミッドはクフ王が建てたものじゃないから、重量軽減の間の落書きはデッチ上げ」と主張する根拠にしている「インベントリー石碑」についてもツッコんでやろうかと思ったんですが、既に検証してくれている素敵なページがあったので、そちらに譲ります。

ま、ハンコックはツッコミ人種の人気ジャンル(笑)なので、大きいところはだいたい潰されてますね…。
このエントリは隙間需要ということで。

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