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zoom RSS 「定住」と「非定住」のはざま/その中間における生活と文化について

<<   作成日時 : 2018/07/09 00:10   >>

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古代史、とくに農耕が開始される以前の考古学の資料を見てると、出てきた集落が定住集落なのか一時的な住居なのかにやたらとこだわっていることがある。

定住が自宅、一時的な住居がウィークリーマンションかペンションのようなものだと想像してほしい。
自宅はすぐには使わない色んなものがしまわれており、人によってはモノの整理が悪くてあちこちに散らばっていたりする。一方、ウィークリーマンションやペンションはその時期に使うものしかなく、たとえば夏休みのキャンプで借りたペンションであれば、キャンプ道具は一杯あるのに生活用品全般で見ると少ない、という現象が起きる。なので、夏休みに借りたペンションからライターやチャッカマンがいっぱい出てくるからといって、そこの住人がガスコンロの使い方を知らない野蛮人だったわけではないのだ。

住居の使われ方によって出てくるモノが異なり、解釈の仕方も違ってくる。考古学者が定住集落なのかどうかにやたらとこだわる理由はこれで判る。

だがめんどくさいことに、住居の使われ方は単純に「定住」と「一時的なもの」ではない。

例1) 
夏と冬で住居を分けている。たとえば、夏は水が干上がるから山に移動し、冬は寒いから平地に降りてくる、というような生活スタイル。現代でも遊牧民が行っていたりする暮らし方で、夏冬の家はどっちも本邸。

例2)
ある一定期間そこに住み、食べ物が減ったら移動していく狩猟採集的な生活。ただし「一定期間」が数十年とか百年とかの単位。たとえば、寒冷期の海岸沿いでは、海が後退しているので海を追いかけるように住居が移動。寒冷期が終わると海が前進するので海から離れるように移動する。

例3)
中心となる集落があり、そこに通年で住む人がいるが、それ以外の構成員はふだんは別行動で移動しながら暮らしている。移動生活をしている人々は、祭りの時などにときどき集落に戻ってきていたと考えられる。
古代のナバテア族の住居跡などがこのパターンで、集落の大きさのわりに住んでる人が少なそうに見えたり、神殿などの宗教施設の割合が高かったりする。

これらは数例挙げただけなので、実際の集落の使われ方は多岐にわたる。単純に「定住」か「非定住」かだけでは分けられない。これは「定住」の意味にも色々ある、という意味にもなる。さきほど挙げた例を見てほしい。どれも「定住」といえば定住になるのではないだろうか。でも、実際はこれらは定住扱いされないことが多い。"集落の構成員の大半が通年で一箇所に住むこと"が、定住の条件になるようなのだ。

 ここで、一般的なイメージと実態の乖離が起きる。

人類史的に、「定住」と「農耕・牧畜の開始」や「階層化社会」はセットとして扱われることが多い。でも、定住ではないとされる例1は農耕・牧畜をやっているし、例3では祭司などが存在するので階層化社会になっている。定住するかしないかは単に生活スタイルの問題であって、その社会の持つ文化レベルとは別なのだ。



一昔前の考古学の本だと、人間は、狩猟採集から農耕牧畜へと進化し、定住を始めることによって社会を複雑化させ、文化を発展させてきた――といった書かれ方をしていることが多いと思う。しかし実際は、そんなに単純な話ではない。農耕も定住も文化レベルを上げる必須の条件ではない。どちらかというと、人口密度の高まりが条件ではないかと思われる。人が増えると対人ストレスが高まるのは今も古代も同じ。人が多くなれば互いのストレスを低減するためのコミュニケーションやルールづくりが必要にもなってくる。もちろん定住してたほうが人口密度は高くなりやすいのだろうが、移動生活をしていても、同じ草原で狩りをする人数が増えれば人口密度は高くなっているといえる。

このあたりちょっと突っ込んで考えてみたいのだが、古代世界の人口密度の計算は研究者によって全然違うので、まず前提の証明から難しいというやつね…。

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