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zoom RSS 遣唐使船は言うほど難破していなかった…実際は高度な航海技術を持っていたという話

<<   作成日時 : 2018/05/29 00:10   >>

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遣唐使は難破しまくりで、乗ったら毎回ひどいめに遭う。というイメージの人は少なくないと思う。というか私がそうだった。これは空海や鑑真など著名人が乗り合わせた船が難波しているから、というのもあるのだろうが、昔の本だと、「航海技術が未熟で船の作りも悪かった」のような書かれ方をしていることが多い。

しかし最近の研究だと、

 ・実際はそこまで難破してない
 ・航路と航海日数からして航海技術は十分
 ・限られた絵からの再現ではあるが、船の作りも悪くなかったはず

というものに変わってきているようだ。

まず難破の状態だが、遣唐使が実施されたのは15回。(実際に出港せずに中止されたものは除く)
全部で36隻の船が送られ、生還したのは26隻。ただし中国に到着後に座礁して放棄されたものもあるため、生還できなかった原因は必ずしも難破ではないという。

神戸大学の研究者が出しているこちらの資料から、実際に確認してみた。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81005615.pdf

赤枠が狙った航路から外れて遭難・漂流したもの。ただし、帰路で漂流して対馬に流れ着いたものなども入れている。
水色の枠が全滅もしくは全滅に近い状態になったもの。

画像


こう見ると、確かに「失敗」と呼ぶべき全滅の遣唐使船は少ない。7隻である。
最大では1隻に160人が乗っていたというから、人的損害で数えれば1000人を越える、とも言えるが、このくらいの難破率であれば、その後の時代でもそう変わるものでは無いだろう。大航海時代のカリブ海の遭難率あたりと比べてみてもいいかもしれない。


次に航海日数だが、東シナ海の横断にかかったのは6-9日で、これは順風を帆に受けての帆走でなければ実現できない。つまり、なんだかダサいと評される遣唐使船のあののっぺりとした帆は、実際には風を受けて走るのに十分な性能を備えていたことになる。また、船員も季節風を読み、順風をつかむ技術を有していたことを意味する。
遣唐使船が日本を出るのは大抵が夏、帰着は冬であるというが、これも季節風の向きと一致するという。

つまり、遣唐使船は技術が未熟だから難破していたわけではなかったようなのだ。


ではなぜ難破が発生するのかということだが、これはもう運というしかないように思う。夏に順風を受けて出港したはいいものの沖合いで台風に出くわした、とか。思いがけず冬の嵐に突っ込んだ、とか。特に冬場の帰還時に多く難破が発生しているところからしても、冬の季節風は読みづらかったんだろうなあと思う。登山やってても、冬場は天候が読みづらい&思いがけず強い風が吹いて崖際は危ない、とかがあるし…。

画像


というわけで、海洋国日本は実は昔から頑張ってたんですよ… というお話。なお、遣唐使の廃止によって航海技術が廃れたかというとそうでもなく、民間の商人などが規制をかいくぐって頻繁に大陸と行き来していたようである。

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