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zoom RSS マヤ人は食肉用犬を養殖したか 〜グァテマラの都市・セイバルに見る食肉事情

<<   作成日時 : 2018/03/24 00:10   >>

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肉はおいしいよね! 肉大事!
でも、家畜にできる動物が少ない土地だったらどうする…? これは、そんな疑問に対する一つの答え。ユーラシア大陸ではウマやヒツジやヤギやウマといった様々な動物がいたが、新大陸にはいなかった。インカではリャマやアルパカのような動物が家畜になるが、マヤの発展した中央アメリカにはそれらは居ない。のちの時代には七面鳥が家畜化されるが、頑張っても2世紀以降、かなり遅い時期だ。
ではそれ以前は、どんな動物の肉を食べていたのか。そもそも肉はあまり食べなかったのか。

実は、新大陸では犬を食肉家畜として飼育するという選択肢が取られていた可能性がある、という。
マヤ文明は、犬を食べ物として見ていたかもしれない。

Some dogs were royalty, others were dinner in ancient Mayan culture
http://www.sciencemag.org/news/2018/03/some-dogs-were-royalty-others-were-dinner-ancient-mayan-culture

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なるほど犬は飼育が簡単だし人に懐く。飢饉の時の食料になるのは世界中のどこでも一緒だ。
しかし「食肉」を目的として飼育するのは、単に「飼う」のとはちょっとニュアンスが異なる。今回の研究では、ストロンチウム同位体で生前の食べ物を割り出す研究から、犬は人工の飼料が与えられて生育されていたと推測され、食べるために人工的に繁殖させていた可能性があるという。
屠殺の跡のある犬の骨も見つかっているが、チワワのように小さい犬の場合は骨に傷がついていなくて、丸ごと煮込むなどして食べていた可能性もあるという。

もちろん、全ての犬が食用だったわけではない。ペットとしての犬も確かにいたようだ。しかし、遺跡から見つかっている多くの犬は、食用だったはずだという。

この傾向が全ての遺跡の全ての時代に当て嵌まるかどうかは異論もあるだろう。しかし、セイバルという都市が最大人口に達していた時代には、不足するタンパク質を補うために犬も食べていたかもしれないのだ。

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セイバルのデータ

グァテマラの国立公園。先古典期・古典期マヤの遺跡で、紀元前1,000年〜紀元後1,000までという非常に長い期間、居住の跡が見られる。先古典期後期(前5-3世紀)の最大人口は約1万人と推測される。その後、いったん衰退期を迎えたあと、古典期後期(7-9世紀)に再び最大人口となる。都市の歴史の最後となる10世紀には、都市と神殿に火がかけられて放棄された痕跡が残っている。

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今回の研究では、約1万人という巨大な人口を養うタンパク源をどこから得ていたのか、という話から始まっている。家畜化されていなくてもジャングルに動物はいるし、豆の栽培も行われている。が、それだけでは最大時の人口を養うのに足りなかった可能性がある。一つの都市に1万人というのは未曾有の規模だ。それだけの人口を養える食料は、都市周辺に畑を作っただけでは間に合わないと考えられる。食料を供給する郊外の集落が複数なければ、人口を維持することもままならない。

中米の文明を追いかけるとき、いつも「食料問題」が目の前に立ちはだかる。食料を供給するシステムが見えてこないからだ。面積あたりの収穫量で計算すると、畑の面積と人口がつりあわない。ギリギリの供給量しかなかったなら、気候変動などで少し供給量が落ちるだけでも死活問題になったはずだ。

マヤの都市の興亡の鍵は、案外、食料事情にかかっている部分が大きかったのかなと思っている。

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また、今回の研究では、犬の中で2頭はパナマあたりから遠距離を運ばれてきた可能性があること、大型の猫科の動物(おそらくジャガー)にも人工的な資料が与えられた痕跡があることから、一定期間は飼育されていた可能性がわかっている。さすがにジャガーは食わないだろうから、儀式のために飼育していた、という説も有り得そうだ。

マヤ人がどう動物を利用していたのか、実に興味深い話題である。

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