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zoom RSS 弘法大師・空海を別の視点から評価する 「空海と中国文化」

<<   作成日時 : 2018/03/22 00:10   >>

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こないだ空海の映画を観た流れで、なんとなく読んでみた本。
歴史の人や仏教の人ではなく、中国の哲学を専攻にしている人が書いた空海の本なので、珍しい視点になっている。それをウリにした本である。

空海と中国文化 (あじあブックス)
大修館書店
岸田 知子

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まず面白いなと思ったのが、空海を仏教ぬきで「中国文化の伝道者」として捕らえる視点だ。弘法大師の持ち帰ったものは密教のみにあらず、書物の種類も多岐に渡る。よくある本だと仏教以外の部分はわりと扱いが小さかったりするのだが、この本では逆に仏教要素はほぼなく、それ以外の部分を大きく取り上げている。たとえば持ち帰った書物の一つとして詳しく書かれている「文鏡秘府論」という書物だ。

この書物は詩文の創作理論についてのもので、漢詩をよくした、「詩人」「文人」としての空海に関わる部分である。そして、実は伝来元の中国では散逸してしまった資料が編纂されて含まれているという。中国に残っておらず、日本に持ち込まれたことによって残っている資料があるというのは知らなかったし、それを編集したのが空海というのも知らなかった。中国の古典文学を勉強している人には常識らしいのだが…。視点を変えないと分からないことはある。

また、空海が唐へ留学したのは唐の滅びる少し前であり、時代の転換期であったという話も出てきた。空海が学んだのは、貴族階級の華麗できらびやかな、当時既に失われつつあった文化で、空海が帰国したのちに流行しはじめる新しい文化については取り込まれていないという。

遣唐使の廃止されたあと、日本は中国文化を追うのを止めて独自の国文学などを発達させていくようになる、…という流れは日本史の授業で習っていたからなんとなく知ってはいたけれど、文学史としてみるならば、空海の生きていた時代はまさに、中国文化と日本文化が寄り添うのを辞めてそれぞれ独自の道を歩み始める分岐点だったのだなぁと思った。

「中国文化の伝道者」としての空海を見るとき、それは仏教者としての空海ではなく、詩人、文学者、哲学者、あるいは書家としての顔が見えてくる。そして同時に、それら多くの道において同時に一流であることの出来た弘法大師の凄さを再認識することが出来るのである。

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