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zoom RSS ラメセス2世は「白い肌」という話の出所/ソースの検証

<<   作成日時 : 2018/01/02 00:10   >>

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この間、「ラメセス2世は"白い肌"なのか」という話について補足を入れた。

[>ラメセス2世は「白い肌」? ここから始まる勘違いへの補足など
http://55096962.at.webry.info/201712/article_18.html

残念ながら問題の番組は見ていない。放映された時間には録画してくれそうな人も含めて肉を焼いてたりしたので、しょうがないのだ。だが、その後ネット上にちらほらと謎の誤解が上がってきていて「??」となっていた

 ・ラメセス2世はベルベル人
 ・ケルト人がエジプトに来ていたかもしれない
 ・北欧系

一体どういう放送の仕方をしたんだ(笑)


――というわけで、番組製作スタッフが使ったと思われる資料を探しにいってきた。使われたメインの資料は、Lionel Baloutの「La momie de Ramses(1985)」だということである。これは、ラメセス2世のミイラが修復のためにフランスに送られた(1974年)の時の調査内容をまとめたもの。ラメセス2世のミイラが詳しく調査されたのはこの時だけなので、資料のチョイスは正しい。

…が、資料の中身の検討については注意を要する。

なぜならばこれは今から40年以上も前の調査であり、調査方法は今よりも未熟だからだ。本に書かれている内容を丸ごと信用してそのままコピペするのはWikipediaならアリだが、学術的な考察をしたいなら、内容が正しいかどうかの検討は当然必要になる。

外国の本なうえ古いものなので現物は手に入らなかったのだが、サマリーを多少上げているサイトが幾つか見つかった。その内容からするに、使うべきではない部分を見分けられずにインパクトだけでチョイスして使ってしまったのが、放映された番組の内容なのだと思われる。

http://mergueze.info/pharaoh-ramesses-ii-was-an-amazigh-berber/


画像


■白い肌と判定された理由は「赤毛だから」・・・?

調査内容は髪の毛の部分なのに、実際は肌の色の話まで記述が飛んでいる。

ミイラは、白髪をヘンナで染めていたものの元々の地毛も赤だった可能性がある。また、髪の毛の断面から縮れ毛だったと考えられる。ここまでは分かる。しかし、そこから「〜なので、いわゆる“leucoderm” (white-skinned person)だった」と結論付けているのは無理がありすぎる。

確かに、赤い髪の人は色素が薄いので一般的に白い肌になりやすい。が、髪の色だけ見て肌の色を結論付けるのは微妙である。個体差が大きいからだ。そもそも赤毛にも色が濃い薄いとかあるはずだが…。
そして、ここではっきりと判るのが「leucoderm」という単語は「色白」という意味で使われている、ということだ。赤毛と組み合わされる特長としての「leucoderm」は肌の色が白いというダイレクトな意味でしかない。(白斑ではない)

ここの部分は、たとえるなら「黒髪ストレートだからこれはアジア人で黄色い肌をしていたはずだ」と主張するくらいザックリとした乱暴な理屈である。髪色と髪質に関する研究には妥当性がありそうだが、そこから先の肌の色と人種の話は飛躍しすぎているので、採用するべきではない。


ちなみに、王朝開始以前の天然ミイラとして知られる「ジンジャー」も、赤っぽい髪で縮れ髪を持つ女性である。大英博物館が所蔵するこの有名なミイラは、上エジプト(つまりエジプト南部、アフリカの奥地に近い側)で発見された。ということは、エジプトには土着民として最初から縮れた赤毛の人が住んでいたということだ。ミイラの外見上の特徴から「ヨーロッパ人かも」という主張は出来ない。



■ラメセス2世を「出エジプト時代の王かもしれない」と推測する旧説

これはさすがにテレビでは放送されていないと思うが、取り合えず補足を入れておく。

この調査の時代にはまだ、ラメセス2世が「出エジプト」時代のファラオでモーセを苦しめた王かもしれないと考えられていたようだが、それはだいぶ古い説。

出エジプトの考古学的な証拠はなにも見つかっておらず、カナアン地方に突然人が増えたといった事実も認められない。またモーセが実在人物だったという証拠もない。現在では「出エジプト」は何か元ネタはあったかもしれないがあくまで伝説で、ラメセス2世も長寿でエジプトを繁栄させて亡くなっていることから、ユダヤ人を追いかけて海で溺れ死んだ旧約聖書の中の王とは関係ない、と結論付けられている。



■北アフリカのベルベル人には赤毛が多いので関係しているかも、という説の問題点

この説も本に出てくるようだが、致命的な欠陥がある。ラメセス2世は紀元前1,300年ごろの人。比較対象のベルベル人は紀元後2,000年ごろの民族。3,000年以上の開きがあり、おまけに現在ベルベル人が住んでいるモロッコ・チュニジアあたりは移民の波が何度も押し寄せて人が混血しまくっている地域だということを忘れている。

たとえば、西アジアからフェニキア人が移住して、カルタゴを建国したことを考えてみよう。北方から押し寄せたヴァンダル族の王国の建国、イスラム教化の波がおしよせてジブラルタルを渡りイベリア半島までがイスラム教国となっていた時代や、フランス植民地にされていた時代もあったことを。それらの歴史イベントは、当然ながら紀元前1,300年の時点ではまだ起きていない。「現代」のベルベル人と、「古代」のその地域の住人は、関連はしているかもしれないが直接的なつながりがあるかどうかの検討を要する。もし繋がっていたとしても外見の構成比は古代とは全く違う可能性が高い。

歴史イベントとしての移住によって元々の地元民の傾向が変わるというのは、たとえばアイルランドにおけるヴァイキング時代の影響の研究で証明されている。現在のアイルランド住民の遺伝子の中には、北方系の遺伝子が1割り程度入っている。これは8世紀以降まとまって移住が繰り返されたことによる結果である。



■頭蓋骨や顔の形からして「北欧型」と推測している点

この手法はかなり危険である。人間は個体差が大きいし、そもそもミイラは加工されてから何千年も経っているわけなので、死にたての現代人の検視と同じにはいかない。「そう見える」というだけでは根拠にならないのは、たとえばスターチャイルドと呼ばれている障害児の骨や、頭蓋変形されたインカ貴族の頭部を見て宇宙人だと主張するのが通らないのと同じ理由である。検証の妥当性を考えないと結論がファンタジーになってしまうのは、何の学問ジャンルでも同じだ。



■そもそものスタート時点からしてマズい

ここの部分。↓

"Numerous other tests were performed, to determine Ramesses’ precise racial affinities, largely because the Senegalese scholar Cheikh Anta Diop, was claiming at the time that Ramesses was black. "


ラメセス2世は黒人である、という主張をひっくり返すために調査が行われているわけなので、最初から「黒人では無い」を回答としてそこに辿り着く結果がチョイスされ、解釈にもバイアスが加えられていることは想定しておかなければならない。というか、「肌が白い」「ベルベル人に似ている」「北欧型である」などの根拠が薄い内容が堂々と盛り込まれているのはそのためだろうと裏を読まなければならない。そもそもが肌の色と文化レベルは連動しないし、地中海とアフリカとアジアのはざまであるエジプトで、古代人の肌の色がどうだったか、人種が何かを論じること自体が不毛である。

「白い肌」の下りは、偉大な王はヨーロッパ人に近くなくてはならない、というバイアスのもとで付け加えられたと考えるべきである。40年前はともかく、現在の学者もそう考えると思う。最近出版されている本で、この部分を見たことは無い。出てくるのは「赤毛である」という話までだ。


*****

結論として、「資料のチョイスは正しかった」が、「資料の内容の検討が出来ていなかった」のが誤解を招く放送内容となってしまった原因だと思う。

前回指摘したとおり、現在では、ラメセス2世が「白い肌」「白人」という表現は使われないし、そのような認識も一般的にはされていないと思われる。確かに資料には出てくるが、「書かれているから正しい」というのは資料の内容を理解できなかった言い訳になる。妥当な表現としては「地中海人種」であり、北アフリカに多く存在する「大陸の中央部よりは色白」な人々である。

また、古代のミイラの話を現在のベルベル人と比較するのは根本的な誤りだし、「赤毛」といっても現在の北欧でいうような赤毛かどうかは微妙だ。いわゆるライトブラウンであるかもしれない。なので赤毛と色白をセットで考えるのはやめたほうがいいだろう。当然、ケルト系や北欧人とは関係ない。なお、エジプトにケルト人が移住していた記録があるのはプトレマイオス朝なので、ラメセス2世の生きていた時代から1,000年後である。

[>エジプトに来ていたケルト人? ファイユームの盾に秘められたドラマ
http://55096962.at.webry.info/201301/article_21.html

前回の繰り返しになるが、ファラオの「肌の色」をめぐっては、過去に「黒人に文明が築けるはずがない」という差別的視点から、故意にファラオは白人である/白人に近い、という研究が成されてきた。今回見たソースも、その時代の名残をとどめている。その反動として現在では、ファラオは黒人でなければならないという逆差別がまかりとおり、肌の色に関する発言はしばしば両者の極端な反発を招いている。「資料に書いてあるんだから流していい」という言い訳は、不快に思う人たちの前では通らないだろう。海外掲示板では確実に荒れるやつなので、肌の色の話は出さないことを強くオススメしておく。



と、いうわけで、今回の記述が、放送内容がイマイチ腑に落ちなかった人に答えられていればいいなと思う。
俺は別の説をとるぜ!って人は、自己責任で主張するのならそれでよかろうかと。

学問も学者も時代の子である。ただし、今の時代は、ファラオの人種を単純な外見から決める時代ではない、とだけは強く主張しておきたい。

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