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zoom RSS 「世紀の発見、マグナストーン!」という番組が宣伝されていたので放送前にネタをバラしておく

<<   作成日時 : 2017/12/30 00:10   >>

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どうやら正月特番として1/3に流すらしい、これ…。相変わらずやな、と苦笑してしまう。
http://www.tvguide.or.jp/news/20171228/03.html 

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が、これ別に新発見というわけではなく2015年には既に情報が出ていた。
そして「世紀の発見」とか持ち上げられるほどのものでもない。
http://luxortimesmagazine.blogspot.jp/2015/02/ptolomy-stela-unearthed-in-taposiris.html

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ロゼッタ・ストーンと比較されるのも微妙で、同じくらいの時代という意味で比較するならわかるが、解読という意味ではあまり役に立ちそうに無い。ロゼッタ・ストーンはギリシャ語とエジプト語二種で書かれているのに対し、この石碑("石板"ではない。石碑なので立てておくもの)はエジプト語二種だけで書かれている。日本語で言うと行書と楷書で書かれているようなものだ。なので、もし仮にロゼッタ・ストーンより先にこの石碑が発見されていていたとしても、古代エジプト語は解読出来なかっただろう。

この発見を持ち上げたいのは、タップオシリス・マグナをクレオパトラ7世の埋葬場所にしたい発掘者の思惑も絡んでいると思う。石碑の内容が、ここがプトレマイオス王家にとって重要であった証拠だと主張しているのである。しかし、王家にとって重要な場所はここだけではなく、今のところ「クレオパトラ7世の墓がタップオシリス・マグナにある」という証拠はほぼ無い。結論ありきで発掘されたものにそれらしい解釈をつけているだけである。

…というわけなので、特番の内容は徳川埋蔵金伝説のように盛り上げるだけ盛り上げて「いつかクレオパトラの墓が見つかるかもっ!」という尻切れトンボになることが大いに予想される。おそらく来年部分開館を目指している大エジプト博物館の宣伝は必ず入るだろう。そして期待を煽って観光客を誘致しようとするのだ。多分当たる。


*****

以下に、長々と特番を見るのがめんどくさい人のために、公開されている「マグナストーン」なるものの詳細を説明しておいた。まず最初に、このダサい名称でググってもゲームアイテムしか出てこないだろうと忠告しておく。ググる時は以下のキーワードで。

遺跡名
Taposiris Magna

石碑
Stele

建てられた時代のファラオ
Ptolomy V

このへんを組み合わせて、「タップオシリス・マグナのステラ/プトレマイオス5世のもの」とかいう感じで探せば情報は手に入る。
大きさは、高さ105センチ、幅65センチ、厚み18センチ。プトレマイオス5世の治世中に立てられていて、彼の妻であり姉妹であるクレオパトラ1世、および先代であるプトレマイオス4世とその妻アルシノエ3世も出てくる。
ちなみに、プトレマイオス4世はこの王家で最初に近親婚を行った王で、姉妹との間の子がプトレマイオス5世。ただし5世は姉妹との結婚はしていない。

特徴として、ヒエログリフ(20行)の下にデモティック(5行)が併記されている。デモティックはいわゆる崩し文字なので、まさに「日本語で言う楷書と行書のようなもの」である。内容はナイル上流のアスワンにある、フィラエ島の神殿にあるものと同一である。

複数の書体を使っていることからか、当初から「まるでロゼッタストーンのように」というたとえが使われているが、私自身はこのたとえは不適切であると思う。なんでかというと、ロゼッタストーンは読むことが可能なギリシャ語と、当時まだ解読されていなかった古代エジプト語、という異なる言語二種が同一内容で併記されていたことに意味があるからだ。同一言語で二種類の書き方をしても解読にはあまり意味が無い。そして、ヒエログリフとヒエラティック、デモティックが併記された例が他に皆無というわけでもない。なんでこの石碑がそんなに持ち上げられるのか、さっぱり分からない…。

で、さっぱりわからないといえば、この石碑が見つかったタップオシリス・マグナがプトレマイオス王家の墓所ではないかと考えられた理由である。一般的に、プトレマイオス王家の墓はアレクサンドリアの町の中にあり、地震で海岸部分が水没した際に宮殿とともに海に沈んだと考えられている。にも関わらず、アレクサンドリアから西へ離れたこの遺跡を敢えて墓と同定するのは何故なのか。何を読んでも、この説を推してるザヒ・ハワス博士の書いたものを読んでも「???」となってしまう。末期王朝以降だと、神殿の中に王家の墓を作ったファラオは何人も発見されている。が、アレキサンダーの墓をアレクサンドリアのド真ん中に作っていたプトレマイオス王家が、自分たちの墓だけ町から離れたところに敢えて作るとは考えづらい。

どうもこのプロジェクトは、既に失われたクレオパトラの墓を、まだ失われていないことにして期待を引っ張りつづけるために行われているような気がしてならない。
もちろん、発掘していれば何かは出てくるだろう。タップオシリス・マグナからプトレマイオス王家の誰かの墓が出てくる可能性も、ゼロではない。が、それらは納得のいく理論に裏づけされた研究とは違う。

いつものエジプトさんの通例どおり、デカいことを言って期待を煽っているプロジェクトは空振りすることが多いので、期待しすぎないほうがいいよ。と言っておく。


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ロゼッタ・ストーンの基本情報はこちら
http://www.moonover.jp/bekkan/hiero/index.htm

ロゼッタ・ストーンは法令の「布告」を目的として立てられた、いわばお知らせ用の石碑なので、一点ものではない。現在でも複数現存しており、おそらく立てられた当時はエジプト全土に同じものが存在していた。

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