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zoom RSS JICA支援/大エジプト博物館(GEM)プロジェクトの発表会に行ってきた。

<<   作成日時 : 2017/11/06 00:10   >>

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正確なイベントの名前は

 大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト シンポジウム「ファラオの至宝をまもる2017」

なのだが、めんどくさいので「日本政府が支援してるエジプト博物館の発表会行ってきます」と言い残して旅立ってきた。前からちょくちょくネタにしている、エジプトに建設中の「大エジプト博物館」で行われている遺物の修復、および現在のカイロ博物館からの遺物の輸送に関する内容の発表が今回行われたもの。

JICAっていうのが要するに政府機関のひとつで、外務省の下にぶら下がってODAとかで実際に海外の諸国を支援しにいってるところ。詳細はJICA公式ページを参照。


東京開催のURL
http://geidai-icchc.geidai.ac.jp/post/165031525090/%E5%A4%A7%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E5%90%88%E5%90%8C%E4%BF%9D%E5%AD%98%E4%BF%AE%E5%BE%A9%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88-%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%A9%E3%82%AA%E3%81%AE%E8%87%B3%E5%AE%9D%E3%82%92%E3%81%BE%E3%82%82%E3%82%8B2017%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B

チラシ
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チラシの裏にかかれたプログラム
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※東京開催の「講演1」は谷口先生の代打で成田先生登壇



まず最初に、みんな気にしているであろう「そもそもこの大エジプト博物館(GEM)は、いつ開館するの?」という話。
えー…

 現時点では未定です

いやさ本当はもう開館してないといけなかったんだけど、2011年の革命やらその後の政情不安やらいつものエジプトさんクオリティやらで遅れまくって、来年の部分開館もやっぱり怪しくなってるみたいなんですよね。まあ多分、あと2年くらいは遅れるんじゃないかと予想。

ただ、現在のカイロ博物館からの遺物の移送は既に始まっているので、いずれ完全に新しい博物館に移るのは間違いないです。それがいつになるのかが全くわからんという話で。

ちな、この大博物館は日本の円借款が建設費の半分くらい占めてて、技術支援も日本がやってるので、開館の暁には遺物の説明文に日本語もつく予定なんだそうな。

*******

というわけで、聞いてきた話を、自分の感想も交えて適当にまとめていくぞ。
各発表者15分くらいでどんどん進めるスタイルだったのでほぼ箇条書きになってしまうけど。

<開会挨拶>
・エジプトで仕事をするのが予定どおりいかなくて大変、という話
・担当者が突然左遷されたりして予定が狂うらしい。エジプトあるある
・機材が届かなくて現地の税関に怒鳴り込むハメになったりするようだ。。

そんなこんなもあってGEMの建設が遅れてるんだろうなと、苦労を察した

<JICA講演>
・JICAはいちおうお役所機関なので、「JICAの活動が何のために行われているか」といった大義名分の資料はキッチリ作ってきていた
・なぜ遺物の保存修復を支援しているのか → 地域発展のため
・エジプトの重要な産業である観光業を促進させたい
・エジプトは若者の失業率が25パーセントくらいで、かつ貧困層の大半が若者、その若者に観光業に関わってもらいたい

GEMプロジェクトで採用しているのが現地の若者なのは多分そういうことなのだろうが、ぶっちゃけこの大義名分の部分はとってつけた感が否めない。若者に観光産業を促進してほしいなら、遺物修復より英語とか語学力の向上を支援するほうが即効性は高いし有効だと思うからだ。どちらかというと、今回の遺物の保存修復プロジェクトの目的は別だと思うんだが…それはODAとして行うには表向き看板に掲げたくない理由になるのかな…。


<基調講演>

・今回の発表者の発表内容の総括
・特に説明もなかったが、「リード遺物」「フォロー遺物」と言っているものは

リード…JICAと、JICAが訓練したGEM職員のエジプト人とが共同で新博物館に移送する遺物。1つか2つサンプリングしながら移送して、手法を確立する

フォロー…リード遺物で確立させた手法を用いてGEM職員だけで移送

ということらしい。最初にその説明もちょっと欲しかった

・移送する壁画はスネフェル王のピラミッドの供養のために作られた町の関係者の墓から出てきたものらしい。スネフェルが第4王朝の王、墓の持ちぬしは第5-6王朝の人物で100年くらい時代がズレているが王朝が変わっても供養の祭儀は続いていた
・壁画の多くはカイロ博物館1Fの狭い通路部分に適当に保管されていたが、1枚だけ、偽扉部分はスコットランドのダンディ(Dandee)博物館にある模様。スコットランド意外とエジプト遺物持ってる


・ツタンカーメン墓はとても狭いので、中に入っているベッドや戦車はいったん解体して運び込んだあと内部で組み立てたことが判っている。
・ファラオの戦車パレードはツタンカーメンの父とされるアクエンアテン王の時代に始まったもので、ツタンカーメンもやってたかもしれないとのこと。
・戦車にはもしかしたら、ラメセス2世のカデシュ遠征の壁画にあるのと同じように天蓋がつけられていたかもしれない。移送の際に詳しく調査する予定らしい

・ツタンカーメン墓のベッドのうち、ライオンのメヒト女神のベッドと牛のメヘトウェレトのベッドの横板の部分は逆に取り付けられている可能性があるとか。墓に運び込む際にいちど解体していて、中でもう一度組み立てなおしたときのミスと思われるそうだ


<講演1> 壁画の話

・イニ・スネフェル・イシェテフの壁画の保存修復+新博物館への移送
・古王国時代の貴重な壁画なのに、今までカイロ博物館にわりと適当に展示されていた
・岩に漆喰塗って固めた上に描かれたもので保存状態はあまりよくなく、ひび割れが入ってたり剥離しかかっていたりする。また、虫の巣がついてたりカビや泥がついてたりとだいぶひどい
・シクロドデカンで表打ち→梱包(日本通運)→トラックで移送
・移送にあたりひび割れに充填剤を詰めたり、ウレタンフォームを突っ込んだりして補強。やってることは西洋絵画の輸送に似ている。
・シクロドデカンを染みこませたシートを貼り付けて表打ちし、薬剤が揮発するとシートが自然に剥がれ落ちる仕組み
・移送するのは今回の3点と、来年1月の10点あわせて13点の予定で、移送後はそれらの修復作業に入るとのこと

そういえば、ここの部分だけはツタンカーメンの遺物関連ではなかった。
しかしそれにしても、カイロ博物館にぽそっと置かれてた壁画、やっぱあれ状態良くなかったんだな…温度も湿度も管理されてないただのガラスケースだったし…。虫の巣までついてたっていうのは頭抱えるレベル。今回、完全に崩壊する前に修復しようって話になってよかったと思う。


<講演2> ツタンカーメンの衣装の話

・保存修復前と、修復中の状態も写真を細かくとっていく
・80万画素なので糸の一本一本まで1回の撮影で記録できるそうだ(データサイズがめちゃくちゃデカそうだが)
・長年展示しっぱなしだったので表側は焼けて白っぽくなっているが、裏面には発掘当時の染みがまだ残っている
・ツタンカーメンの靴下は足袋と同じ形をしていて、親指と残りの指で別れている。サンダルを履くための形態
・靴下は、足首とすねの部分に紐が付いていて、二箇所しばって履くようになっている。日本の下穿きと良く似た構造。
・墓から見つかっている下着(ふんどし)は142枚。大中小サイズがあり、子供時代のものから入れているのかもしれないが意味はこれからの研究課題
・亜麻布で作られたメネス頭巾も多数見つかっているが、発見者のカーターの記録では「エプロン」と記載されている
・カーターの記録によると、腐っていた19点のメネス頭巾は発見直後に捨てられてしまったらしい。残っているのは12点


ツタンカーメンの衣装の話は、以前「ツタンカーメンの衣装展」に行ったときのレポでもちょっと書いた。

「ツタンカーメンの衣装展」王の衣装を現代技術で再現!
http://55096962.at.webry.info/201311/article_11.html

ツタンカーメンの衣装と藍染の服 〜インドから続く藍の道は存在するのか
http://55096962.at.webry.info/201312/article_26.html

あとパンツの話も書いたね…

古代エジプト人はパンツを履くか
http://55096962.at.webry.info/200911/article_12.html


<講演3> 戦車とベッドの話

・ツタンカーメン王墓から出てきた木工製品の保存と修復の話。今回の調査はとりあえず移送するための調査なので、詳しい話はまだこれから調べるらしい
・担当している先生は日本で木製の仏像の保存とかやってる
・クフ王の第二の船も木造なので、その修復にも関わっているらしい。仏像と同じで木目がどう走っているかや湿度による歪みを気にしていて、補強に和紙を使っている
・ツタンカーメンの墓から出てきた戦車のうち1台はなぜかカイロの軍事博物館にあるらしい
・木製品はX線で調べるとほぞを組み合わせて外れないよう組み合わされているという
・過度な修復はしない、過去のやりすぎた修復を元に戻す、というのを予定している

日本よりも何千年も前に木の無いエジプトで木製品を作る高度な技術があった、と講演者の先生は言ってたが、たぶんあの組み合わせ方って石と同じだと思うんだよね。エジプト人は石を組み合わせるやり方には最初から長けていて、同じ組み合わせ方を木という材質にも適用しているんだと。日本人から見ると、「なんで石をこんなに自在に細かく組み合わせてるんだよ…」っていうほうが驚きそうな気がする。

*****

あと会場入り口でもらってきた大エジプト博物館のカレンダー。2018年1月までのやつなのでそもそもあと3ヶ月しか使えないんですが(笑) 建造中の写真が使われてて、ある意味貴重な感じになってました…うん…本当だと今年はもう開館してるはずでしたっけね…。

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自分のブログで過去記事あさってみたら、2010年時点の記事で「2013年開館予定」って書いてあるんですががが
遅れすぎィ!

カイロの「大エジプト博物館建設」プロジェクトへの日本からの支援
http://55096962.at.webry.info/201009/article_25.html

移送が始まったのがようやく今年から。開館したら遊びに行こうとは思ってるけど、いつ開館するんだろうか。予定通りにいかないのがエジプトさんだからなー…。

「巨大な倉庫」カイロ博物館から新造の大エジプト博物館へ。ツタンカーメンの遺物の輸送中…
http://55096962.at.webry.info/201707/article_3.html

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