現在位置を確認します。

アクセスカウンタ

zoom RSS 小判に味噌を塗ると光出す。石見銀山と小判の話

<<   作成日時 : 2017/11/03 00:10   >>

トラックバック 0 / コメント 0

国立科学博物館の「ディスカバリートーク」にふらふらっと紛れ込んでて、気が付いたら江戸時代の石見銀山の話を聞いていた。

ディスカバリートークとは
http://www.kahaku.go.jp/learning/event/d_talk/index.html

歴史ではなく化学寄りの話で、普段あまり知らない技術の話だったのでとても面白かった。

まず佐渡島では、鉱山と金の高度な精錬が同時に行われていた、ということ。ちゃんとメモってないので用語は忘れてしまったが、金と銀はだいたい一緒にまざって出てくるので、まずそれを分離しないといけないらしい。で、分離して純度を上げる高度な技術を必要とする作業は、世界のほかの鉱山だと鉱山から遠く離れた場所でやるのが普通らしい。
佐渡では最終工程まで島の中でやってたんだそうだ。

金と銀を分離させる方法として、金は変化し難く銀は変化しやすいという性質を利用して、焼いたり水銀を使ったりして銀だけを取り除く方法が使われていたらしい。
のちに金の産出量が減り、銀の含有量が多い小判が作られるようになると、表面だけでも銀を取り除いて金だけを残すように、塩分を含む味噌のような物質を小判の表面に塗って焼き入れをする、という工程があったそうだ。銀色の小判に味噌塗って焼く。見た目は完全にせんべいを焼いてる状態である(笑)

で、味噌と銀とが化学反応を起こして、酸化した銀は剥がれ落ちる。そうすると、小判の表面は金だけが残って金色の出来になる。
これはご家庭の味噌でも出来るそうなのだが、残念ながらウチには小判のストックがないので試せなかった…。誰か古銭持ってる人試してみる?(いるのかそんな人)

あと、日本は江戸時代ずっと鎖国していて資源が大事だったので、金の精錬に使う木炭の原料である木は大切にしたし、鉱山で働く労働力である人間も大切にしていたのだそうだ。労働はキツいが、メシが食えて結婚も出来る佐渡の鉱山の仕事は、とても人気だったのだという。今でいう日給1万円の工事現場のバイトとか、長距離トラックの運ちゃんみたいなガテン系のノリだろうか。環境を大事にしていたので、江戸時代の鉱山は持続性を持つ開発が出来ていたという。西洋式に変えたとたん公害が発生したので西洋式はダメ、と言っていた。

まあもしかしたら本当は江戸時代から公害はあったけど、知られてなかった、ってだけかもしれないが、確かに今の石見銀山のあたりは今も自然豊かで、破壊的な開発をした感じはない。ポトシ銀山周辺の破壊されつくした感や、現地住民が奴隷のようにコキ使われた歴史などと比べると雰囲気は全然違う。

画像


この話を聞いて、自分、ようやく理解した。

石見銀山が世界遺産に登録されたときの

 「石見銀山遺跡は、環境に配慮し、自然と共生した鉱山運営を行っていたことが特に評価され」

という言葉の意味。

これ、コジツケでもなんでもなくそのまんまの意味で、「持続可能な開発方法で操業してた世界的に珍しい鉱山」って意味だったんだと。効率は悪かったかもしれないけど、効率重視で植民支配で他人の国を破壊しながら行われた開発とは違ってたんだってことが…ようやく…理解できたよ…!

見た目がショボいとか、何で登録されたのかよくわからんとかずっと思っててごめんよ佐渡島! 機会があったら遊びにいってみよう。


****

石見銀山(世界遺産)のサイト
http://ginzan.city.ohda.lg.jp/

****

興味ないことでも、話聞けば興味が湧くよね。興味ないのは知らないからだからね。
芋づる式になんかいろいろ足つっこんでる気がするけど、楽しいからまあいっか。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

小判に味噌を塗ると光出す。石見銀山と小判の話 現在位置を確認します。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる