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探してみたっていうか前から無いなー無いなーってずっと思いながらなんとなく探してた。ええ、結論。ありました。 じゃなくて… 見つからないということが判りました。 第一と第二があると想定して「第三」と呼んでたのに 第二王朝の存在が不明 わりと「あるある」なパターンなんですが、どうしてこうなったのかというと。 ・「シュメール王名表」を元に都市国家ウルの王朝を想定 ・しかし第二の部分は実在したという証拠のある王様が今のところでてきてない ・ウルの場合、確実な歴史記録のあるのは「第三王朝」として知られる王様たちから ・第一の何人かは実在の証拠があるが、第二のあたりの時代はそもそもウルに単独の王がいない 年表だとこういうこと。(出展元「初期メソポタミア史の研究」) 第一王朝のあとはウルクの支配を受け、その後ルガルザゲシ以降はアッカド王朝の支配下に入るので、ここに果たして王朝が入るのかどうか今は微妙なカンジになってるんたという。 ていうか、そりゃーどこを探しても「第二王朝」が出てこないはずですよ!!! 王名ないんだもん! 「ない」っていう情報が一番探しにくいんだわ…。 【基本事項】 メソポタミア=シュメール ではない。シュメール、アッカド、アッシリア、バビロニア、違いをまとめた。 http://55096962.at.webry.info/201506/article_12.html こちらの年表で「ウル第三王朝」の入る位置が判る。 全体の年表で見ると、こんなかんじで「ウル第三王朝」だけぽっと出てきて、ウルの第一・第二をふくめ他の主要都市の王朝も全部ひっくるめて「初期王朝」という扱いにされている。 年表だと第一も第二もまとめられてしまっているので、まさか「第二の存在は怪しい」とかいうことになってるとは思わなかった…。 【参考情報】 シュメール王名表をそのまま英訳するとこうなる。 なんか二万年とか六万年とか在位ことになってる王様とかいるんだけど、タイプミスじゃなくて本当にそう書いてある(笑) 最初のほうは神話の時代なんで数字が盛られているわけですね…。 http://etcsl.orinst.ox.ac.uk/cgi-bin/etcsl.cgi?text=t.2.1.1&charenc=j# 雰囲気はエジプトの王名表に似ているのだが、エジプトの場合は王名表に出てくる王朝が見つからないってことは無い。むしろ載ってない王朝とか省かれた王様とかまで出てきてるくらい。エジプトの王名表に比べると研究で判明してる内容が全然違うんだなあ…というカンジ。 ただ、王名標のこの部分は紀元前三千年くらいの部分なので、そもそも記録が残ってる時点ですごいんだと思う。多少の不明点は仕方ないよね。 |
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