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zoom RSS エジプト/ファイユームでプトレマイオス朝時代のギリシャ語学校跡が見つかる

<<   作成日時 : 2017/11/11 00:10   >>

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今回の遺跡は、アレクサンドリアのようなギリシャ人の多い町ではなく、大都会でもない、ファイユームの比較的小さな村で見つかっていることが注目ポイント。プトレマイオス朝(外来系の支配者)がどのようにギリシャ人入植者と土着エジプト人の同化政策を行ったかが見えてくる発見なのだ。

First Hellenistic gymnasium in Egypt discovered at Watfa village in Fayoum
http://english.ahram.org.eg/NewsContent/9/40/281045/Heritage/Ancient-Egypt/First-Hellenistic-gymnasium-in-Egypt-discovered-at.aspx

なお今回の発掘はドイツとエジプトの合同チームで行われている模様。
「ギムナジウム(Gymnasium)」はドイツ語で中学校・高校に相当する教育機関を示す。

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発見された場所は、現代名でMedinat Watfa、古代名ではPhiloteris。ファイユーム湖の北西に位置する。
Philoteris自体がプトレマイオス王朝全盛期のプトレマイオス2世の時代に作られているため、この遺跡もそのあたりの時代のものと推測される。

この学校はアテネやペルガモンなどギリシャ世界の大都市で発見されたものと類似しており、それらと同じようにギリシャ語の読み書きを学び、哲学的な議論をしていたと考えられている。また、長距離走用のトラックがあり、体育の授業もあったようだ。

重要なことは、この村は完全なギリシャ人入植地ではなく、2/3の住民が土着エジプト人だったこと。
つまりこの学校にエジプト人も通っていた可能性がある。プトレマイオス朝の公用語、というか行政用語はほぼギリシャ語なので、官僚として出世するためにはギリシャ語の読み書きが必須で、実際にエジプト出身の役人も多くいたことが判っている。

そして、これがプトレマイオス朝初期に作られた学校だということの意味も大きい。
プトレマイオス2世の時代には、ギリシャ系ファラオによるエジプト統治の方針が既に定まっていたということだろう。

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現代においてエジプトはアラブ世界では圧倒的な人口を誇る国だが、人口の多さは古代世界でも変わらない。
ギリシャ語教育がなされ、多くのギリシャ人入植者(その後はアラブ人なども)を受け入れたにも関わらず、エジプトがエジプト語をはじめとするアイデンティティを長らく保っていられたのは、元々の住民の数が移住者を上回る規模だったからだと思う。

その中で、ギリシャ語話者がどのくらいいたのかは分からないが、それなりに接点のあった地域の住民はカタコトくらいは喋れたはずだ。もしかすると、読み書きは難しくても話すことは出来る、バイリンガルなエジプト人は結構いたのかもしれない。

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余談だが、さいきん発売されたプトレマイオス朝時代が舞台のゲーム「アサシンクリード・オリジンズ」でも、エジプト人の主人公は、ギリシャ語を喋ることができている。なんでかというと、エジプト語喋れないはずのギリシャ人入植者(主に暗殺ターゲット)とふつーに会話してるから。
あとギリシャ人の手紙も読めてるから、読み書きも出来てる。

ということは、今回の発見にあったような学校に以前通ったことがあるのかもしれないね。

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