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zoom RSS エジプト/サッカラで発見された古王国時代のオベリスク

<<   作成日時 : 2017/10/13 00:10   >>

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スイスとフランスの隊がサッカラの墓所で発見したというオベリスク。(針状の石の柱)
新王国時代あたりだと神殿の入口に一対で建てられるのが一般的なオベリスクだが、古王国時代だと貴族墓の入り口に小型のものが建てられていることが多い。おそらく太陽神殿を飾るベンベン石の派生という扱いなのだと思われる。
この地域の発掘プロジェクトは1987年からやってるそうで、ずいぶん息が長い、そのわりにまだ見つかってないもんもあったんだなぁ…という感じ。

Archaeologists unearth largest-ever discovered obelisk fragment from Egypt’s Old Kingdom
http://english.ahram.org.eg/NewsContent/9/40/278261/Heritage/Ancient-Egypt/Archaeologists-unearth-largestever-discovered-obel.aspx

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[参考]

◆オベリスク

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◆ベンベン石

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どちらも太陽信仰の象徴で、てっぺん部分は太陽光を反射するように金箔を貼られることが多かったと考えられている。ピラミッドは廃れていくが、ベンベン石やオベリスクはエジプト王朝の末期に至るまで作られ続けることになる。


今回見つかったものは第6王朝のもので、女王アンクエムペピ2世(ペピ2世の母)のもの。残っているのは2.5mしかない部分だが元々の大きさは古王国時代のものにしてはデカい5mくらいだったと考えられている。

で、この女王の墓はピラミッド型で、「最初に内部に呪文が刻まれたピラミッドを持った女王」と書かれている。彼女が非常に大きな権力を持っていたことからだろう、とも。

ちなみに、時代で見るとピラミッド内部にピラミッド・テキストが書かれるようになるのは第5王朝から。
最初に発見されたピラミッド・テキストありのピラミッドは第6王朝のペピ2世のもので、発見者はガストン・マスペロ。それまでに内部が開かれていたピラミッドは文字が一切書かれてないものばかりだったので、誰もピラミッドの中に文字が書かれているとは思っていなかったため当時は大きな驚きを呼び起こしたという。


第6王朝のピラミッドは小型化しているがそのぶん数が多く、本体(ファラオの墓)の周りに家族用の小型ピラミッドが並んでいることが多い。ピラミッドが小型化する一方で、内部の装飾であるピラミッド・テキストや、今回のオベリスクのような付随する施設が増えていく。

[参考]ピラミッドリスト
http://www.moonover.jp/bekkan/mania/pira.htm

なので、ピラミッドが作られなくなったからといって単純に国力が落ちているとは判断できない。それは建築トレンドの変化に過ぎないからだ。

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