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zoom RSS 「何者でもなかった国」オスマン帝国の通史「オスマン帝国 500年の平和」

<<   作成日時 : 2017/09/02 00:10   >>

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「興亡の世界史」シリーズの一冊。冒頭と結末で現代世界の事情と結びつけているが、その結び付け方が非常に判り易く、かつ無理もなく、自分としてはいい理解の仕方だなと思った。(これの前に読んだ同じシリーズの「シルクロードと唐帝国」が、現代社会との結び付け方がいささか強引だし、だいぶ偏っててあんま面白くないなと感じたのもあって、余計に…。)

興亡の世界史 オスマン帝国500年の平和 (講談社学術文庫)
講談社
林 佳世子

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著者が言いたいことは「オスマン帝国は、何者の国でもなかった」という一言に凝縮されている。

オスマン"トルコ"という名前が広まっていて、現代トルコが子孫を名乗っているけれど、実際はオスマン帝国はトルコ人の国ではなかった。現代にトルコ人と呼ばれている人たちが昔からトルコ人だったわけではなく、そのアイデンティティは最近出来たものに過ぎない。現代トルコがオスマン帝国の子孫を名乗っているのは、オスマン家に「さいごまで残っていたから」であり、ギリシャをはじめとするオスマン家から去っていった国々は、近代の民族=国家というアイデンティティを作り上げるにあたり、自国の問題点を過去のオスマン帝国に押し付けることを選択した。

この前提を序盤で明快に説明してくれているから、その先が入りやすい。オスマン帝国の歴史は、イコール・トルコの歴史、ではないのだ。(ちなみにエジプトもオスマン家から独立した国のひとつ。イギリスの手を借りて早々にイチ抜けしたクチである)

オスマン帝国の国家システムには問題点もあった。しかし、その時代に応じてうまく立ち回ろうとしてきたことは事実だし、様々な民族が"オスマン家の一員"として表向きであれ平等に纏まっていたことも事実。パクス・ロマーナを越える、長きに渡る平和の時代。国と民族が結び付けられ、民族分布と国境の不一致ゆえに争いの絶えない現代においてはもはや実現できなくなってしまった治世のあり方がそこにある。これは、西洋史を中心に歴史を見てしまうと見えなくなる視点だと思う。

オスマン帝国というと、日本ではスルタンのきらびやかな生活やハレムの女たちの話ばかりが知られている気がするが、この本はそうした大衆ウケしそうな時代より前から、オスマン帝国がいかにして成立し、いかに変容していったかを書いてくれているので、今までよくわかってなかったところにようやく手が届いた気がした。イタリア史をやるとヴェネツィアやジェノヴァと同盟したり衝突したりしていた16世紀あたりしか出てこないし、エジプト史をやると18世紀末以降の独立運動の話がメインだしで、間が繋がってなかったんだ…。

結果として、オスマン帝国の消滅は、「西洋風の近代国家への転換が巧くいかなかった」ことによるのかなと思った。
この本ではあまり詳しく書かれていなかったが、帝国が消えるまでの最後の100年くらいは、ローマ帝国の最後と同じく混沌として、試行錯誤を繰り返した挙句の終焉に見える。「何者のものでもない」国の限界だったのだろうか。オスマン家から独立するにあたり「エジプト国民」という概念の開発に成功したエジプトは、実に巧くやったクチだと思う。

それにしても、500年もの時間を共有していながら、オスマン帝国から分かれた国々が全く別の方向を向き、場合によっては敵対しているという目の前の現実は実に不思議だ。著者が巻末に書いているとおり、「バルカン、アナトリア、中東の人々が、オスマン帝国の末裔であることは揺るぎない」はずなのに。共有しているはずの500年の記憶は何処にいってしまったのだろう。それとも、"国家"が作る短期的な"記憶"は、民族の歴史のもつ記憶を上書きしてしまうものなのか。それほど簡単に書き換えられてしまうのなら、歴史の存在する意義とは…。

色んなことを考えさせられながらの読了となった。

*******

<オマケ>

オスマン帝国の対神聖ローマ戦争、第二回ウィーン包囲戦を題材にした映画「神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃」についての感想(途中からネタバレあり)
http://55096962.at.webry.info/201404/article_21.html

エジプト独立の立役者、ムハンマド・アリーに関する本の感想。
彼が「エジプト近代化の父」と呼ばれるに足る最大の功績は、「エジプト国民」という概念の発明と浸透に成功したことだと思う。
http://55096962.at.webry.info/201507/article_22.html

トルコの軍事博物館で見た、衝撃の「トルコ史」。もしかしたらオスマン帝国の子孫を名乗るトルコ自身、オスマン帝国時代の歴史を正確に国民に伝えてないのではないかという気が…
http://55096962.at.webry.info/201208/article_11.html

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