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zoom RSS 青銅→鉄器時代への狭間に存在したバイメタル文化と製鉄技術の伝播について

<<   作成日時 : 2017/08/10 00:10   >>

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青銅器→鉄器時代の移り変わりについての考察の資料が足りないので、鉄鋼業の本をあさっていた。

正直、考古学者は金属の特性に関する知識が足りなさ過ぎるので、わりと適当なことを本に書いていたりする。たとえば「青銅は鉄に比べて弱い、青銅製の剣で鉄兜にきりつけると剣が曲がる」といったような記述だ。

もちろん、そんなわけはないw

現代技術で青銅剣と鉄剣を作って打ち合わせて実験してみても、確かにダメージは青銅のほうが大きいのだが、実は大差ない。どっちも刃毀れするし、どっちも曲がる。大きな差が出てくるのは鋼製の剣が登場してからのことで、鋼武器の威力に対しては銅も鉄も大きく水を開けられる。ちなみに鋼は、鉄に含まれる炭素量をコントロールすることによって製造されるので、作り方を明確に知っていなくても偶然出来てしまうことがある。「作れた」と「量産できた」の間には、大きな差異がある。

…というような、「金属」そのものに関する知識が足りてないままなんとなく書かれた論文や本は、わりと大事なところが抜けていることが多い。

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その「大事なところ」の一つが、「鉄と銅はそもそも成形方法が異なる」というところ。

"単純化してしまえば青銅製作とは鋳型に流し込んで型作りを行う。最初からつくるべき形は整っているわけである。それに対し鉄は鍛造が中心となり、完成品は鍛冶職人の頭の中だけにある。製作工程が全く違う青銅と製鉄を同じ職人が技術的に習得するということがありうるのであろうか。現代においても鋳物師と鍛治師の間には明確なすみ分けがあるという。言葉を変えればそれは発想の違いでもある。

「鉄 ―古くても進化している金属(財団法人 JFE21世紀財団)"




「青銅製作とは鋳型に流し込んで型作りを行う」
「鉄は鍛造が中心となり、完成品は鍛冶職人の頭の中だけにある」。

何のことを言ってるのか分からないかもしれないので、以下を見てほしい。
1枚目が銅鐸(青銅)の再現実験の時の製作風景。2枚目が日本刀(鉄)の再現実験の時の製作風景。

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こちらは型に流し込んで、冷やしたあとに枠をぽこっと取れば完成品が出てくる。
どういったものが出来るかは枠を作った時点で決まっている。

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こちらは熱した鉄を何度も打ち延ばして形を作っていく。
職人が製造過程で形を決める。

…お分かりだろうか。

銅製品と鉄製品では作り方のプロセスが全然違うんである。どうしてこうなるかというと、古代世界で使用できた炉で出せるのは精々1,200度くらいまでの温度で、鉄の融点は1,500度を越えるので、鉄は完全に溶かさずに成形しなければならないから。鉄の融点に届く高炉がヨーロッパに登場するのは15世紀以降。

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この視点は全然無かった。
というか作り方の資料は考古学本などでも散々見てたはずなのに出てこなかった。早く言ってくれよ! その通りだよ!! 銅製品を作る技術者と、鉄製品をつくる技術者は、同じ工房で働いていたとしても別々の仕事をしてた可能性があるということだ。そして同じものを作る場合でも銅と鉄ではプロセスが異なるということだ。

たとえば銅製の剣と鉄製の剣を作る場合。
銅の剣は型にはめて作るけど、鉄の剣は打ち延べて作る。青銅を作るには銅に希少な錫を加えなくてはならず高コストになるが、加えて型をイチイチつくらなくてはならない手間もかかっていることになる。まーそりゃ青銅と鉄で用途分かれるのも当然だなぁ。と納得した。


にもかかわらず、面白いことに、青銅と鉄は、必ずしも別々に扱われていたわけではないそうだ。
面白いことにイランで出土した剣に、鉄の芯を持つ青銅剣というものが見つかっている。岡山市立オリエント美術館が所蔵していたものを日本で分析した結果、判明した。二種類の金属を張り合わせたものをバイメタルという。

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プレスリリースとして以下のようなものもある。

性質の異なる2種類の金属を組み合わせた古代のハイテク製品 〜SPring-8を使ったバイメタル剣製作技法の可視化〜
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2017/170216/

"2種類の金属製品をただ組み合わせたのではなく、鉄剣の 茎 に青銅を流し込んで柄部を形づくる「鋳ぐるみ」技術が使われていたことが分かりました。つまり、青銅器時代末期に実用化された「鋳ぐるみ」技術が、新たに普及し始めた鉄製品に応用されていたのです。異なる金属の「鋳ぐるみ」は、初期には大変難しい技術だったようで、長い柄を作るために何度も熔けた青銅を流し込んだ痕跡も見つかりました。柄の先端に取り付けられた飾り( 柄 頭 飾り)には様々な流行があり、より目立つ大型の青銅製柄頭をあらかじめ製作した後、鉄剣の茎とともに青銅で鋳ぐるまれていました。 "


この技術は一過性のものとして終わったわけではなく、試行錯誤を繰り返されながらイランからヨーロッパへも伝わっている。もしかするとハルシュタット文化(ケルト人の文化)のバイメタル文化も、イランから繋がる流れの先にあるかもしれない。

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ただし、バイメタル文化はアナトリア(ヒッタイト)では今のところ見つかっていない。
これは、製鉄文化の伝播がヒッタイトからだけ伝播したのではない可能性を示唆している。

というかそもそも近年では、ヒッタイト人が帝国を築く以前からアナトリアでは製鉄が行われていた、という証拠が出てき始めている。製鉄技術はヒッタイトが独自に開発したものではなく、その周辺のどこかで同時に開発されていた可能性がある。ある地域では鉄を鋼にする方向に極めようとし、ある地域では青銅と鉄のいいとこ取りをする方法を模索した…、そうしたことも有り得るかもしれない。

優れた技術が現われて過去の技術が上書きされたわけではないし、きっちり青銅から鉄へ切り替わったわけでもない。
いずれにせよ、青銅器時代から鉄器時代への移り変わりは以前考えられていたほど単純ではないと言えそうだ。やべーっすよこれ絶対面白いやつ。調べれば調べるほど脳汁の出てくる分野。愉悦ッ! 実に!



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あともう一つ、製鉄の歴史のところで知ったのが「なぜ製鉄に石炭が使えないか」ということ。
これも長年疑問だったのがようやく理由判った。

製鉄に使われるのは木材あるいは木炭であり、そのために製鉄業が盛んな地域では森林破壊がセットになって発生してきた。ならばなぜ石炭を燃やさなかったのかというと、石炭だと硫黄(S)が鉄(Fe)に与えられて弱くなってしまうからなのだという。

鉄は、含まれる炭素(C)量によって大きく性質を変える金属だ。炭素量を適正レベルに保てないと固すぎて割れるか、柔らかすぎて脆い金属になってしまう。なのでCは必要だが、Sが加わってはいけない。そこで石炭を蒸し焼きしてコークスを作る。そうすると、Cは残るがSはSOx(硫黄酸化物)になって気化するので製鉄に使えるようになる。ただしSOxのせいで大気汚染が起きる。これが、18世紀以降にコークスが登場して、製鉄業で大気汚染が起きるようになった原因だ。

*SOxの「x」の部分には1とか2とか3とかが入る。一酸化硫黄 (SO)、二酸化硫黄(SO2)という感じ。コークスを作る際に発生するのは、大半がSO2のようだ。


つまり15世紀以降、大量の鉄製品が作れるようになってからコークスの登場までのヨーロッパは、森林伐採しまくりながら鉄を作って産業革命とかやってたわけで、うんまぁそりゃ森も消えますねって感じ…。で、18世紀以降は森はそれほど減らなくなったけど大気汚染がヤバくなったと。
なんていうか、工業による環境汚染ってのは、規模と種類が違うだけで、もうずっと昔から繰り返されてきたことなんですね。

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というわけで、欲しい情報が出てこなくてモヤっとしたら別ジャンルの本にも手を出すと視野が広くなっていいぞ! というお話。
こういうのは、考古学の本だけ読んでると出てこないからな!

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