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zoom RSS 離島でー生存ー戦略ー! 沖縄人はどうやって生き残ったか

<<   作成日時 : 2017/08/09 00:10   >>

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なんかこの本はひさびさに面白かった。沖縄を含む琉球諸島に住み始めた人々は何処から来たのか? いつからすみ始めたのか? だけではなく、どのように生存を図ったのか、を主題にしている。

 要はごはんの話である

人間はごはん食べないと死んじゃうんである。そして成人の必要カロリーは古代だろうが現代だろうがだいたい一緒。必要なカロリーを摂取できるか否か。これが何よりもまず生存の条件となる。その意味では、「島」というのは過酷な場所である。何しろ、そこにあるもの食べつくしてももう何処にもいけないのだから。環境が変わってしまったら、適応できずに死亡する確率が非常に高いのだから…。

島の先史学―パラダイスではなかった沖縄諸島の先史時代
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著者は最初、「パラダイスだった沖縄諸島の先史時代」というタイトルで本を書くつもりだったようだ。
しかし調べていくと全然パラダイスじゃなかったのでタイトルを改めたのだという。島には、人が生存可能なキャパシティというものがある。そのキャパを越えると食料が足りなくなり、人口は急激に減っていく。しかもいったん減った人口は簡単には回復せず、種族を維持できる人数を下回った時点でゲームオーバーとなる。

…これはねー、シミュレーションゲーとかやってるとめっちゃ判るから!!

村育成系のブラウザゲーとかやってる人めっちゃ判ると思う、マップの広さに対して養える人数がほぼ決まってて、それを上回る数の移民呼び寄せると物凄い勢いで詰むのね! 栄養状態が悪化すると疫病が流行ってバタバタ死ぬし、人が死ぬと狩猟ユニットが足りなくなって効率が下ってまた栄養状態が悪化するループ、頑張って育てた集落があれよあれよという間にゴーストタウンになって更地からやり直しとかもうね、何度やったことか…。

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なので集落を維持するには、キャパシティを見極めて持続可能な人数までで人口増をコントロールしないといけない。島のキャパシティは気候変動や、煮炊きなどの新たな技術の開発、食べるモノの変更などによっても変化する。その変化に合わせて人が増減していけば、種の生存は維持される。ただしこれは、狩猟採集社会では難しい。なぜなら、食料の確保を補償できないからである。台風が多い年、さむすぎる年、何故か魚が回遊してこない年。キャパが外低要因に左右される幅が大きい。

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それに対して、キャパをある程度コントロールできるのが農耕。なので多くの島は農耕が開始されて以降に移住されているという。沖縄ほどの大きさの島で、狩猟採集の時代から農耕開始まで継続して人が住みつづけていた場所は珍しいという。オセアニアのほとんどの島も農耕民によって植民されている。

ただし沖縄でも、人口コントールが巧くいって適応できていたのは縄文時代の末期だけではないかと著者は考えている。農耕の始まる直前、人口はクラッシュモデルに従って急激に減っていた。だから本土から移住してきた農耕民がスムーズに入植できたのだろう、と考えているようだ。



そう、小さな島での人口維持はとても難しい。

氷河期の寒い時代には繋がって大きな島だった場所が、海面の上昇とともに小さな島々に別れてしまい、人口が維持できなくなって絶滅or移住したケースの例として、オーストラリアのはしっこのタスマニア周辺の話があげられていた。タスマニア島はある程度の大きさがあったため人が住み続けることが出来たが、それ以外のフリンダース島やキング島は小さすぎたため、最初は残っていた人間の痕跡も、やがて途絶えてしまう。

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で沖縄の話なのだが、…実は沖縄の場合も、三万年くらい前に最初に移住してきた人たちは適応できず絶滅している可能性がある。何故かというと、継続的に集落を維持していたにしては人骨や道具の発見数が少なく、集落も小規模で、継続してその後何万年と暮らしていた形跡が無いからだ。

沖縄諸島では、沖縄本島でもタスマニア島ほど十分な大きさではなかった。従って、海水面が上昇して陸地が水没すると急激に島のキャパシティが下り、生存不能に陥った可能性があるという。

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このモデルは非常に明瞭だし、約三万年前の遺跡のあと、1万年くらい発見人骨の間が開いてるのは多分そういうことなんだろうと思う。

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[>ちなみに

別の本でも同じ説は書かれていた。
http://55096962.at.webry.info/201609/article_25.html

沖縄から発見されてる人骨の年代とかはこれ
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島で食っていけなくなったんなら、船作って移住すればいいだけじゃない? と思うかもしれない。
だって来るときは船で移住してきたんでしょう? と。

…そうじゃないんだな。

…移住してきたときは、まだ陸地が繋がってた可能性があるんだな。この本でも書かれてるけど…。

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実際、鹿やイノシシはこういう陸橋を伝って沖縄諸島に移住してきたと考えられている。最初の移住者たちは、それを追いかけてやってきた。で、海水面が低下するとともに取り残された。彼らは"航海者"ではなかったかもしれないわけだ。


沖縄諸島に住み着いた人々は、縄文時代の後期以降、いったん人口を減らす。その後、農耕が伝来するとともに爆発的に人口が増え、12世紀頃にはグスク時代と呼ばれる時代に入って複雑な社会を作り上げる。農耕の伝来経路は現在ではまだはつきりしていないようだが、本土からの移住者が持ち込んだ説が有力なようだ。ただし、沖縄方言自体は6世紀くらいに本土から分離しているという。断続的に人が移住し続け、いつしか主流になっていったのだろうか。

沖縄の人たちは掘りの深い顔立ちをしているが、遺伝子的に見ると縄文時代の日本人ではなく弥生時代の日本人に近いらしいが、本土との継続的な混血から生まれた結果かもしれない。農耕の開始は島の人口キャパシティを押し上げる。縄文時代から本土と接触があったにも関わらず、沖縄諸島の人々が決して自らは農耕を採用せず、移住者たちが開始するまで手を出さなかったというのは、なかなか面白いところだと思う。まあ、判らなくもないけど。農耕めんどくさいもんね…。


というわけで、沖縄諸島という面積的に狭い土地に住み始めた人々が、いかに過酷な生存戦略を経て生き残ってきたか、どうやって各時代ごとにごはんを得てきたか、というお話。島に移住し、島で生き残ることは、人類にとってとても難しい。ということが良く判った一冊だった。


うん、こんど島マップで建国するときは人口キャパのことをよくよく考えて始めなければ。



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 ついでの話
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沖縄に移住するのに海を渡る必要はないかもしれないとか、港川人は現代人に繋がってないとかいうのは、別に最近出てきた話ではなく、昔からずっとあるし色んな本に出てくる。

なので、もう何度も書いてるが、いま科学博物館がやろうとしている「三万年前の日本人の航路を検証する!」とかいう航海実験は、以下のような必要な議論・検証をクリアできていない不十分なナンチャッテ実験考古学なんである…。

 ・そもそも三万年前に移住した人に本当に航海は必要だったのか
  (必要ないのに航海してるのなんでなの)

 ・三万年前に沖縄に住んだ人たちは絶滅している可能性がある
 (日本人の祖先とか持ち上げてるの意味あんの)

*ここらへんでもツッコんだ。あと沖縄と台湾が繋がってた説の別の図も出してある
http://55096962.at.webry.info/201609/article_2.html

多額の寄付を募ったのに迷走しかしてないけど、どうするんですかねあの実験。

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