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zoom RSS 夏だし戦争の話とか多くなってきたから「戦争体験談は歴史ではなく伝承である」という話をしておこう

<<   作成日時 : 2017/08/07 00:10   >>

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毎年、終戦記念日が近づいてくると「あの戦争を忘れない」的な、重たいテーマのわりにはびっくりするほど薄っぺら委特集が多くなり、特殊な思想の人がメガホン持って平和公園前で騒いだり、戦争反対のスローガンのもとに暴力に訴えたりとつまんない事象が発生する。

が、そのへんへのツッコみは別の人に任せるとして、うちではまず「戦争体験者によって語られる体験談は、歴史的事実ではなく口承伝承である」という話をしたい。

なぜならば、人の記憶は70年も昔のことを正確に記憶し続けることが不可能だからである。


これは人間の能力の限界であり、同時に脳の特性でもある。そのため「事実と異なる」の部分は断言していい。
人が誰かに語る体験は、体験した「事実」ではなく、体験をもとに自分の中で再構成された「物語」である。そして、その「物語」は時間の経過と共に変化していく。

しかも、普段は体験しない異常に出来事を体験した際には、記憶は実際の体験から大きく変わってしまうことが実証されている。

たとえば2001年11月に発生した、アメリカン航空587便の墜落事故のケースを挙げてみよう。この事故は操縦士の操作に起因する垂直尾翼の破損が原因で、飛行機は墜落するまで爆発はしていなかったのだが、実際は目撃者の多くが「墜落前に飛行機が爆発した」あるいは「墜落前に爆発音を聞いた」と証言した。墜落後に起きた火災や、墜落時の爆発音が、墜落前のものとして記憶されてしまったのである。事故が9.11の同時多発テロから間もない時期だったこともあり「テロによるものだ」という思い込みもあって記憶が書き変わってしまったのだろう。
こうした例は珍しいものではなく、心理学の実験においても人の記憶は容易に書き変わることが証明されている。


つまり戦争体験者の方の体験そのものが嘘というわけではないが、記憶は書き変わるのが前提なので、証言だけを持って"歴史的事実"とすることは出来ないということなのだ。

これは神話伝承や歴史に興味を持ち、その違いを意識している人たちなら容易に理解出来るだろうと思われる。古老の証言は神話・伝承にはなりえても歴史にはなりえない。地元のじいさんが語る昔話は、あくまで"伝承"だ。歴史とは、そこに客観的な視点や検証を加え、証拠を揃えて精査されたもののことを指す。精査することなく鵜呑みにするのは、「歴史」ではなく「神話」「伝承」を作る作業である。



*****

というわけで、夏になると流される戦争体験談は、「そういう伝承なんだ」と思って聞くのが正しいです。歴史的事実ではありません。

何度も話しているうちに尾ひれがつけられたり、ウケのいい部分のストーリーがいつのまにか書き足されたりして変化していくのは口伝の特徴ですが、その点においては4000年前のメソポタミアの神話だろうが1000年前のヴァイキングの武勇伝だろうが70年前の太平洋戦争だろうが変わりません。人の記憶と口伝の特性上、過去に起きた出来事そのままが語られていることは有り得ないです。

*神話・伝承と歴史は役割も意味も違う、ということを認識する必要がある、という話です
*歴史じゃないから価値がないという話ではないです。ていうか伝承に価値が無かったら、そもそもうちのサイトは存在しません…(笑

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