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zoom RSS 「この先はイマイチ判ってない」ここまでわかった! 縄文人の植物利用

<<   作成日時 : 2017/07/21 00:10   >>

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内容としては、最近になって何冊か本も出ている縄文時代の農耕についてである。
実際に発掘調査をしている科博が出している本だけあってデータは豊富。カラーで図面を出してくれているのはいい。

ただ、イラストや写真多めで判りやすくしてるつもりなんだろうけど、本文が「です」「ます」調だわ、客観的事実と推測がきっちり別れてないわ、各方面への配慮らしきものが透けて見えて歯切れが悪いわ、なんだかいまひとつ足りない感じの否めない本になってしまった。「ここの部分はxx先生がこうおっしゃってます」とか「xx先生が調べてくれました」とかイチイチ書いてどーすんの…。そこの箇所に番号振って巻末の補注で紹介すればいいだけじゃね? スーパーに豆買いに行ったとかも書かなくてもいい話だよね。

初心者に配慮っていうのは、そういうことじゃない。

要所要所で、「この研究についてもっと知りたければxxという研究者の研究を探してね」「xxの本にもっと詳しく書いてあります」みたいな感じで、細かくナビゲーションをつけて欲しかった。



縄文時代の農耕、と書いたが、この本では「植物利用」とあって「農耕」とは書いていない。これは縄文時代が狩猟採集の時代だったという旧説にこだわる人がいること、農耕=コメや小麦のことであり他の作物を農耕とは認めない、という、まず「農耕」という日本語の定義から辞書引いてもらわないといけない固定概念が強い人が研究者に多いためと思われる。いまだ縄文時代に意図的に作物を育てていたことを否定する先生もいたりする。

しかし農耕とは田畑で作物を育てることなので、アサを畑で育ててれば、それは間違いなく農耕である。
畑じゃないからウルシの木やクリの木は違う、とも言えない。それだと樹木を育てるミカン畑やブドウ畑は畑ではなくなってしまう。縄文時代の人がクリの木をたくさんまとめて植えて資源管理をしていたなら、それは農耕だし「クリ畑」と呼んでいい。ウルシも同様。なので縄文時代に農耕はあった、と言っていいと思う。そんなところで既存の固定概念につきあう必要はない。

またもう一つ、固定概念につきあわされていると感じたのが、ウルシの利用についての部分だ。
日本では9,000年前のウルシ利用の証拠が見つかっており、1万年以上前に利用されたウルシの木も見つかっている。ただしウルシは日本に自生した証拠がなく、中国のほうから人が持ち込んだと考えられている。ここまではいい。
問題は中国にも韓国にも日本から発見されているものに匹敵する古いウルシ利用の証拠が見つかっていないことだ。もしウルシ器作りの技術とともにウルシが持ち込まれたのであれば、日本より古い証拠が出てこなければいけないのに、中国だと一番古いものでも7,600年前。

だとすれば、証拠から考えて漆器作りの技術は日本発祥の可能性ありと考えなければならない。なんで中国発祥のはずという固定概念に従って考えてしまうのか意味が分からない。考古学は、答えを最初に決めて調査してはならない学問のはずだ。答えを最初に決めてしまうと、その答えに合致するもの以外を見落とすことになる。ウルシの木には、腐りにくいなど木そのものを利用する方法もある。最初に持ち込まれたのは単純に木の性質を利用するためで、樹液を利用して塗り物にすることを思いついたのが縄文時代の人、そして日本列島から中国へ技術が伝播した。そう考えるのが妥当だろう。

文化や技術は必ず相互に伝播しあうもので、一方向だけというのは有り得ない。中国から日本へ伝わったものがあるなら、日本から中国へ伝わったものだって当然想定すべきだし、それを否定する理由は何も無い。固定概念にとらわれてると答えが見つからなくなる。

全般的に、昔よりは進んだんだなーとは思ったが、手堅くやりすぎて面白さがない。
巻末の関係者一覧の長さを見ただけでも面倒くさくなる。
もう少し挑戦的な、というより固定観念に囚われずに真っ直ぐに推察していく明瞭な本が読んでみたい。


※この本には続編「さらにわかった!」もあるようなので、あとで図書館にちょっと探しに行ってきます…




初心者がとりあえずの入り口にするには判りやすいと思うが、内容的になんだかモニョるところも多い。そして、この本はいかにも日本の考古学って感じの人付き合いや配慮の気配がプンプンで責任の所在もふわっとしてるので、そういうところはあまり好きでは無い。他ジャンルの考古学から入ると特に、「こんな甘い考察でよくやってけるな」みたいな気分になる。他国の学者と全然戦わなくていいジャンルならではの甘さ。

あと、この本に書かれているような内容は研究が進めば変わっていくので、もしかしたら数十年後には全然違っているかもしれない。「この先は分からない」の「この」の部分は、たった十年でも変わる。実はあんまり証拠がない部分もあるので、これが正解! だと思わないほうがいいと思う。

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