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zoom RSS 「失われた書物」が完全版で現存していれば謎が解ける。そう思っていた時期が私にもありました

<<   作成日時 : 2017/06/09 00:10   >>

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あると思うんです、どこのジャンルにも。

タイトルや中身の概要はわかってるのに完全な本が存在しなくて引用で一部だけ残ってるとか、破損した写本で前半分だけでオチが分からないとか、状態が悪くて大半が判別不能だとか、500年前には存在してたのが確実だけどその後行方不明とか、そういう本が…。

「あああ! 何で残っててくれなかったああ!」とか「くっそいいとこでページ欠落とか…そこ! そこが知りたいのに!!」とか「これが残ってれば、後世の研究者がこんなに苦労することはなかったのに…」とか、そういう本が。

エジプトだとマネトーの「エジプト史」とかです。
プトレマイオス朝初期に作られたファラオ名と治世の完全な一覧本。ごく一部の引用しか残されていない。もし完全本が残っていたら、知られていないファラオ名が載ってたり、家系図が判ったり、治世年が特定出来たりするはずなのに何故一冊も残ってないんだコンチクショウ!  若い頃(ってほど昔でもないけど)の自分はそう思っていました…でも…最近気がついてしまったんですよ…

 たとえそれ一冊完全に残ってたとしても

 論争は終わらないということに

そもそも「エジプト史」はプトレマイオス朝時代に作られた王名のリストなので、たとえばクフ王なんかは2000年くらい前の王様なわけです。現代人が卑弥呼について書くようなもんなわけです。

 正確なわけがねぇ

もちろん連綿と書き継いでいたものをまとめたのが王名表なわけなので、ある程度までは正しいんだと思いますが流石に2000年前から現代までの王家の家系図が正確かっていうと途中で神話伝承とか色々入っちゃうでしょうし無理があると思うんです。いや、日本も一応、二千年くらい天皇家が続いてることになってて、一応、二千年ぶんくらいは家系図あるわけですけども。それだって最初の方とか途中とか怪しい箇所あるじゃないですか…。都合の悪い王朝はソッと無かったことにされてたりね。


残ってる一部分だけを見ても、

 ・治世年が考古学資料とあわない
 ・複数の王を混同してるくさい箇所がある
 ・他の王名表と一致しない箇所がある

など問題があり、すべて正しいわけではなさそうですし、まあなんだそんなこんなで、たとえマネトーの書いたオリジナルの完コピが残ってたとしても、たぶん論争は尽きないわけですよ。それどころか新たな謎が生まれて論争の火種になるだけのような気がします。


…いやーたぶんね。なんかこうわかんないことを一気にバーンと解決できる資料とか無いと思うんですよね。
結局昔のことなんて完全に分からないわけで、コツコツ証拠を積み上げて、「多分こうだろうな」というのがいちばん正解に近い道なんだろうな。


******

で、最近思うのが、「失われた本」が、なぜ失われてしまったかというところ。
あるいは残った本は何故残ることが出来たのか。
ここに意味があると思うんだ。

古代において、本はすべて手で書き写すもの。本が消失したということは、すなわち「書き写す人が誰もいなくなったから」ということを意味します。古代エジプトの王名表が書き写されなくなったのは、そもそも古代エジプト王朝がローマ併合後に終了してしまったから。王朝がなくなっちゃえば、書き写す人も当然いなくなります。重要性も低くなりますし。

そしてもう一つの観点が、エジプトの王名表はエジプト王朝の権威を高める目的で作られたもので、それ以外の目的には使えなかったからじゃないかな…と思うのです。

エジプトの書物の中でも、医療パピルスから派生する民間療法的なテキストなんかは、ギリシャ語に直されて比較的後の時代まで引き継がれているんですよ。元々は神官が使うテキストだったのが、一般人用に用途が変えられて受け継がれている。
王名表なんてぶっちゃけ一般人には役にたたないですしね…。

書き写して残したくなる要素があるか無いか。その時代に一致するか。あるいは政治的・宗教的タブーに触れないか。そうした要素が絡み合って、ある本が後世に「残る」か「残らない」かを決めている。歴史が動くとき、本の運命も変わるということなのだ。

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