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zoom RSS 現代イギリス(UK)人の遺伝子地調査から見えてくる歴史イベントの影響と"ケルト人"の行方

<<   作成日時 : 2017/06/06 00:10   >>

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考古学と遺伝学と言語学から「島のケルトってケルトじゃないじゃん!」という話が出ているのだが元々知識のない言語学は手に負えなかったので、とりあえずまだ結果のはっきりしてる遺伝学方面をまとめておく。

「ケルト人がブリテン島に渡った証拠がないぞ」という部分の話。

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大元の論文はこれ

The fine-s cale genetic structure of the British population
https://www.nature.com/articles/nature14230.epdf

参考までに、サマリー的な記事

DNA study shows Celts are not a unique genetic group
http://www.bbc.com/news/science-environment-31905764

こちらの記事にある以下のコメントが、ケルトに関係する内容。

"It also finds that people in North and South Wales are more different from each other than the English are from the Scots; and that there are two genetic groupings in Northern Ireland."

現在"ケルト文化"を残しているとされるウェールズやコーンウォールに住む人の遺伝子は、同じケルト人という祖先を持つならば遺伝子が近いはずだった。ところが調べてみたら実際は、両者の類似性は遠く、むしろUKの他の地域とのほうが似ていた。
それが、論文にある「Figure 1」の図の右上の系統樹である。

なお、この研究では現代イギリス人の遺伝子を17のクラスターに分けている。ウェールズ・コーンウォール・北アイルランドの位置づけは以下のとおり。

画像


これをもっと簡単な図に直すと、こういうことだ。↓

画像


これは、共通する祖先から分かれたのではないことを示している。
もしこの地域の人々がケルト人の直接の子孫であるならば、その「ケルト人」は固有の遺伝子を持つ1つのグループではなかったことを意味しているが、UKのほかの地域との差異の小ささを考えるなら、むしろケルト語圏だけに特有の祖先はいなかっただろうという結論、つまり「島に渡ってきたケルト人の集団はいなかった」というのが妥当な見解になる。

UK全体で見た場合、移住者の情報で上書きされている部分もあるものの一つのまとまりとして成立しており、"ケルト語圏"だけに特有の遺伝子はないという。ウェールズと北アイルランドは距離的に遠い。ウェールズの人々はブリテン島の中央部の人々に最も近く、北アイルランドの人々はスコットランドやブリテン島北部の人々に近い。これは昔から住人の基本構成に変化がなく、大規模な移住・人口の変動が無かったこと、地理的な距離によって遺伝情報の差異が生まれていることを意味する。"ケルト語圏"の地域にかつてケルト人がいたとしても、遺伝子に痕跡を残すことなく消えてしまうくらいの人数だったということになる。ケルト人が移住してきて文化・言語が書き換わった、という説は、こうして消滅する。


それから、17に分けられたクラスターの中の各要素が、どの地域から来た祖先のものなのかを示した図がこれ。

画像


この図は縦に見るようになっている。判りやすいよう、いちばん左のコーンウォールに赤い枠をつけた。

見てみると、青色のフランスあたりから来た祖先が一番多い。黄色がドイツあたり、紫がスペインあたり。上の方のピンクで示された北欧勢は、後で出てくる「主要な歴史イベント」のところに書かれているとおり、ヴァイキングの来寇に伴うものと考えられている。その割合が非常に少ないことがわかる。

全体を見渡すならば、ブリテン島に渡ってきたゲルマン系の人たちの数はそう多くなかったことが読み取れる。現在のUKはアングロ・サクソンの言葉である英語を喋っているのだが、言葉を齎した人々の子孫は大して多くない。

これが「ブリテン島の中央はほぼアングロ・サクソン系、ウェールズやコーンウォールはフランス・イベリアに近い」とかはっきり別れてたらまだ判りやすかったんだろうけど、残念ながら(?)そんなことはなかったのだ。



主要な歴史イベントは以下の図のとおり。

画像


氷河期のおわり、まだブリテン島がヨーロッパと陸続きだった紀元前9,600-7,500年あたりにフランスあたりとスペインあたりから人が移住。アイルランドへは、紀元前8,000年あたりにイベリア半島から直接+ブリテン島経由で人が移住。これが、現在のUKの遺伝情報にフランスあたりの祖先の割合が多い理由でもあり、地域差なく全体的に含まれていることから、この最初の移住者がベースになって現在の各地域の住民が形成されていることがわかる。

そのあとローマがやってきて、ブリテン島の南半分はローマ化される。
アイルランドはローマがこなかったのでそのまんま。

画像


赤いのがアングロ・サクソン、つまり英語圏の広がり。これは5世紀頃の移住によって齎される。
それ以前からあったブリトン語は紫色で示されている。紫色の一部がブルターニュへと移住している。
また、アイルランドのゴイデル語がスコットランドへ、さらにウェールズのグウィネッズ、ダヴェッドへ移住している。
つまり今までよく書かれていた「5世紀頃にケルト人がブルターニュからブリテン島へ移住」というのは方向が逆で、移住したのはブリトン人ということになる。

で、紀元後800年あたりからご存知ヴァイキングの時代が始まり、ブリテン島やアイルランド、オークニーやシェットランド諸島などに北欧人が移住してくる。

遺伝子調査の結果は、既に知られているこれらの歴史イベントで説明可能になる。
ということは、…ケルト人の入るスキマが無いんだよね… (´・ω・`)

で、複数の研究でこの傾向が支持されるに至り、「島のケルトなんていなかっただろ」という話になるわけである。



いまケルト語と言われているものについても、本当にケルト人の話していた言葉なのかに疑いを抱く言語学者も出てきている。

この結果を見ると、まぁそうも思いますよねとしか言いようが無い。アングロ・サクソンの言葉は移住者が少数でもUK全土に広まっているので、移住してきたケルト人が極少数だったとしてもケルト語が広まる可能性はあるが、その場合はブリテン島がケルト人によって「支配された」という事実がないと厳しくなる。しかしそのような歴史イベントは記録されておらず証拠がない。あったとしたらローマが来る前でなくてはならないが、その時代でブリテン全体を支配した王朝の存在があった可能性は低い。

言語的にはアイルランドのゴイデル語とブリテン島のブリトン語は近縁だが、その分化には数千年を要するという話もある。だとすると"ケルト語"は、ケルト人が出現するはるか以前から島で使われていたことになる。もし"ケルト語"が氷河期の終わりに移住してきた時点で既に喋っていた言葉だとすると、"ケルト人"の言葉という意味で"ケルト語"と呼ぶのが果たして正しいのかという話になってしまうのも当然だ。


*このへんもあるのか、言語学者の見解が人によってかなり違っているので着いて行けなかった。。
*イベリア・ケルトの言葉、と言われていたものが氷河期の終わりにアイルランドに移住した人の言葉だったとすると、イベリア・ケルトとゴイデル語の関係性にも説明がついてしまう…。
*人によっては「ケルタエの言葉はゲルマン系で、ケルト語ではなかった」と書いている人もいる
*「ケルト語」の起源地をブリテン島とする説もある

言語学のほうはどこから当たればいいのか全くわからんのだけれど、遺伝子の解析についてはスティーヴン・オッペンハイマーの本がわかりやすいかもしれない。ただ、遺伝学者のほうも言語学者と同じで、人によってどこまで「ケルト」の存在を認めるかの温度差はある。

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というわけで、とりあえず理解できた範囲でざっくりメモしておいた。
研究が進めばここからまだ書き換わる部分はあるはず。

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