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zoom RSS 古代エジプト・メソポタミアでニワトリ飼育が遅れた理由は「伝来したのが食用ニワトリじゃなかった」可能性

<<   作成日時 : 2017/06/27 00:10   >>

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色々追いついてません!
いまさら正月の続きやってます!
というわけで、「古代エジプトやメソポタミアでニワトリの飼育が遅かったのは何でなん?」という話。


*前段*

今年は酉年だよ! というわけで古代エジプトの鶏について語ろう
http://55096962.at.webry.info/201701/article_1.html

・ニワトリの飼いならされた場所は不明だが、東南アジア〜中国南部あたりで、少なくとも前2,000年あたりには飼育が始まっていたと考えられる(起源前4,000年前くらいには飼育されていたとする説もあるが、現在のところ「確実」な証拠だと前2,000年の模様)

・主要な伝播経路は東南アジア→インド→メソポタミア→エジプト/ギリシャ方面

・エジプトにニワトリが持ち込まれた最古の証拠は紀元前1,500年頃、第18王朝のトトメス3世の時代
・しかしその後、ニワトリは一般化せず記録としては途切れてしまう
・一般化するのはペルシア支配(第一次/紀元前525年〜404年、第二次/起源前343年-332年)のあたり


…というわけで、この続きで、前回調べきれなかった「メソポタミアにもニワトリが飼育されていた記録がない」って部分をつっこんでみた。そしたら面白いことが判った。


・「メルッハのムナグロシャコ」という名前で前2000年頃にウルに持ち込まれている。(メルッハ=古代のインダス地域の呼び名)
・図としてはアッシリアの首都アッシュールから見つかっている前1300年代後半のものが最古

・しかしその後、メソポタミアでもニワトリは定着していない
・一般化するのはペルシア台頭後
・旧約聖書にはニワトリに関する記述が全くない。登場するのは新約から


つまりニワトリは、エジプトに入ったのと同時期にインドから拡散はされていた。だが、エジプトだけでなくメソポタミアやシリアなど拡散先の地域で定着することなく、「珍しい鳥」止まりだったのだ。毎日たまごを生むニワトリなのに、繁殖出来なかった…?

ここで別方向からの視点を加えてようやく理由に見当がついた。
紀元前2,000年〜1,500年時点でのニワトリは、食用として輸出されていたのではない。

そもそも人間がニワトリを飼いならした目的はなんなのか。私はまずそこから勘違いして、てっきり最初から卵食べたいとか食い物視点なのだと思い込んでいたのだが、野生のセキショクヤケイはそんなに大量の卵は産まず、肉づきもよくなく、神経質で飼いにくい鳥なのだという。大量の卵を産むようになったのも、ブロイラーのような肉づきのいい品種が生まれたのも、わりと近代の話。古代のニワトリたちはそもそも、毎日卵を産んですぐ太る、繁殖の容易な現代の品種とは全く違っていたはずだ。

飼いならした目的の一つに闘鶏があったのではないかという推測もある。これは、起源地候補である東南アジアの、特にフィリピンやタイなどで古くから愛好されてきたことと関連する。闘鶏は今では娯楽的なものだが、最初は宗教的な儀式ともかかわりがあったかもしれない。ニワトリの起源については謎が多いが、飼育の目的が完全に「食用」に転化するのは、飼育が始まってからかなり後だったと考えられる。


”食用ではない”
この意識で最初にメソポタミアに持ち込まれた時点での記録を見直してみたら、確かに、食用には見えない書かれ方をしていた。
見た目の面白さ――「カーネリアンのひげを持つ鳥」、太陽崇拝と絡む「朝を告げる鳥」。肉がうまいとか卵を食べるとか、そういう記述は何も無い。つまり、インドから拡散されたニワトリは、「観賞用」「儀式用」の用途でしか受け入れられていないと推測される。そして、のちに食用としても一般化する時代においても、ペルシアではゾロアスター教と絡む宗教上の道具となり、ギリシャでは神の使いにされている。元々宗教的な意味合いを持っていたからこそ、そうなった、と考えるべきなのだろう。

画像
↑"カーネリアン(紅玉髄)のひげ"とメソポタミアで書かれたのがどこの部位かは一目瞭然


だとすれば、エジプトやメソポタミアで定着しなかった理由は明らかだ。
既に完成された宗教体系の中に新参者が入り込む余地がなかったから。あるいは宗教ニーズを満たせなかったから。

神々への伝統的な捧げもの中に、新参の鳥が入り込む隙は無い。宗教文書に吉と明記されていないものを神殿では飼えない。風変わりな見た目は愛でて面白かろうが、クジャクほどでもない。食べ物ではないニワトリは、鳥の中ではさほど魅力的な部類とは言えない。なるほどこりゃ定着しないな…と自分でも納得した。



以上、まとめると、古代のエジプトやメソポタミアに持ち込まれたニワトリが定着しなかったのは、「鑑賞・宗教用の鳥として持ち込まれたので大衆的なニーズがなかったから」ということになる。

時代が進んでペルシア時代に持ち込まれたものが定着したのは、おそらく「食用」として大衆ニーズに一致する形で持ち込まれたからだ。最初に持ち込まれたときはまだ家畜化が始まったばかりで、繁殖が難しかったり、卵を産む量が少なかったりしたのかもしれないが、二度目に持ち込まれて広まる頃には、品種改良が進んで食用利用が容易になっていたのだろう。

現時点で入手可能な情報からの"答え"ではあるもの、一応それらしいところに辿り着けたので、これをうちのファイナルアンサーとします!


****

ニワトリについての諸々の雑学が詰まった本。あちこち話が飛ぶので読みづらいが、情報の入り口としてはいいと思う。ひよこ鑑定の技術が日本産だったとか、秋篠宮伝家がニワトリのミトコンドリアDNAの解析をやってたとかいうのは初めて知った。

あと、ニワトリが家畜として非常に重要なウェイトを占めていて、ある日とつぜん全滅したりしたら肉や卵といった食料どころか、薬も調味料も手に入らなくなる、とかいうのは考えたことがなかった。「とても重要なのに見えないものとして扱われている」というのは確かにそのとおり。

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