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zoom RSS 前半が飯テロ、後半は時事問題。"識者"の知の敗北を目の当たりにする本「欧州・トルコ思索紀行」

<<   作成日時 : 2017/05/16 00:10   >>

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いつもどおり特に何も考えず、ぱらっと捲って面白そうだったからそのまま読んだのだが、あとがき等を見るに、「イスラム国」や日本人の人質問題に関わってきた学者さんらしい。名前を見たことがあるような気もしていたが、ふーんという感じ。そのへんはわりとどうでもよく、「世界中の色んなところを旅して、色んな人と語り合った知の高峰にある人でも"この程度"なんだ」という、識者の敗北を楽しむ(?)本である。

というと厭味に聞こえるかもしれないが、そうではない。
時事問題を理解すること、その"先"を見ることの難しさを、身をもって教えてくれている良本だと思っている。

欧州・トルコ思索紀行
人文書院
内藤 正典

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この本は面白い作りになっていて、第一部が人の世界の「光」、第二部が「闇」となっている。
とはいえ光は常に陰を生み出すもので、第一部にも薄っすらとした闇は見えているが、ぶっちゃけ言ってしまえば言葉による飯テロ本である(笑) 著者が旅して食べた色んなものの巧さについて詳細に書かれている。ひたすらに、ただひたすらにごはん、ごはん、ごはんの話。たまに申し訳程度に時事的な話が入って来る。食の旅紀行文である。正直、残業後の帰宅中に読むには胃袋が辛かった…。

それが2/3を過ぎた第二部からは、戦争、難民といった重たい時事問題メインになっていく。ぶっちゃけここの部分が気になって手にとったのだが、辿り着くまでに脳内のベルリンの壁がバナナ色に汚染されるくらいたっぷりと飯テロを味わわされた。(もっとも、第二部にもトルコ料理テロがこってりと待ち受けているのだが)

時事問題の部分は、2015年から2016年にかけて、つまり「イスラム国」が急速に勢力を拡大し、難民問題が世間をにぎわせるようになっていった時期に連続して書かれた文章がまとめられている。書かれた時期により情勢は異なる。枠外にその後どうなったのかの補足が多数はいっており、また書いた時期によって内容に差がある。それほど急速に、世界情勢は変化していった。

一例を挙げれば、エジプトとイスラエルの関係などがそうだろう。またトルコとロシア、アメリカとの関係もそうだ。
コラムの書かれだした最初の頃、トルコは国内のPKKに集中していて「イスラム国」に対しては表立って敵対はしていなかったし、ロシアとも一時期は相当に険悪であった。しかしその後、「スルタンがシャーにひざまづいた」と揶揄されるほどに劇的な仲直りにより、トルコはEUを離れロシアと歩調を共にするようになった。識者は、その変化をひたすら「追う」ことしか出来ていない。第一部は過去を扱っているから書き手の考えにブレはないが、第二部は、現状認識にしろ、考え方にしろ、軸足がブレてしまっている。

だが、これはメディアの後追いをしている限り当たり前ともいえる。
インプットされた情報に対して正しい答えを導き出す、それが識者、学者というものであり、世の中から隠されている情報を見るのは彼らの仕事に入っていない。本の最後の方に、「事態があまりに激しく動くので、このあたりで筆をおかざるを得ない」と正直に書いてあるのを見て、私は、この人は真摯に生きているんだなと思った。

「終わった」歴史、「確定した」過去を扱うことに長けていたとしても、変わり行く現状をリアルタイムに認識するのは別の能力である。激動の現実に対して、理屈はともかく本能でスピーディーに動くのは、むしろビジネスの世界だ。現実の速度に追いつくには理想も理論もとりあえず横に置いといて、ただひたすらに現実を追求することが必要だ。学者など、文字通り筆を投げるしかない。

いまEUを悩ませている難民問題、そして「イスラム国」のテロの脅威について、今までに様々な分野の多くの識者たちが、それぞれの立場から意見を述べてきた。未来を予測し、そしてみな外れた。
この著者も空回りしており、第二部はあちこち歯切れが悪い。いかに熱く語っていようとも、よくよく見ていくとその内容は多くの「期待」「希望」が込められている。人間、あまり根拠のないことを語るときは、それでも相手に納得させようと無意識に力んでしまうことがあるが、第一部と第二部を比較すると第二部にはその傾向が出ているように思う。

世の中に出ない個人的な意見も多くある中で、今までに最も正鵠を射た意見を述べたのは意外にも心理学者だったかもしれない。(精神科医ではなく"心理学者"である)
「このようなとき、ヒトはどう振舞うか」という、ヒトの本質からの推測である。わりと容赦ないものだったが、不思議とそれは大きく外れていない。心理学者は常に人間の闇の部分を見続けていて、ヒトの理性を信用していないからだと思う。なにしろ美しく彩られがちな「母性」ですら、"本能によって作られた感情でありホルモンによる" "なので簡単に発生させられるし消せる" と認識する学問ジャンルだ。なので極度の人間不信とかのヤバい人もいるのだが、そのくらいでないと現実を理解出来ないのかもしれない。

 理想を抱く知識人には、人間の本質と現実に迫ることは難しい。
 識者は過去と現在を分析することは出来るが、未来を予測するには不向きである。

知識人にとって最も不安やストレスを覚える事態は、研究出来ないとか、研究結果が認められないといったことよりも、自分が得意なはずのジャンルなのに「理解出来ない」、「予測を大きく外れる」といった事態ではないかと思う。歩くのを禁止されることより、歩いているはずなのに前に進めないことのほうが恐怖だ。あとがきに正直に書かれている弱音は、そういうことなんだろうと思う。



というわけで、本の中に書かれている内容のうち著者がリアルタイムに受け取り、考えて書かれた時事問題の部分は、その後の情勢とそぐわなくなっており、今となっては過去の夢日記である。著者は政治家的な思考には疎いと思われ、だからなのか第二部のほうで書かれた内容は次々と変化する各国関係や事件に翻弄されるままになってしまっている。「イスラム国」に対する評価も当たってはいないだろう。当たっていたらその後の動きを予測できていたはずだ。

読むべきなのはおそらく第一部のほうで、まだ難民問題が顕在化する以前のドイツやフランス、イギリスなどの移民事情が書かれている。特にアメリカの同時多発テロ以降、フランスなどで、既に住んでいるイスラム教徒への風当たりが強まっていた話などは全然知らなかった。またドイツでは最近まで二重国籍を認めていなかったという話なども。

歴史的な事件は、ある日突然に起こるわけではない。必ずその前に、何百年か何十年かのスパンで「前フリ」がある。
過去、ヨーロッパの国々が移民たちに対し冷淡に接し、決して国の一員と認めてこなかったという歴史は、その前フリ部分にあたる。

著者はべつに、フランスやドイツのことを悪く言っているわけではない。良い面と悪い面を上げている。フランス人はいいかげん他人に対する接し方を考えたほうがいいよ、と言いつつ、でも言論大国でもあるよね、と言っていたりする。公平な態度だと思う。意外と出来ない人が多い。
もっとも、その公平な態度を全てに対して発揮できないのが自分を含む人間の悲しい限界ではあるのだが。


*******


蛇足だが、最後に個人的な見解を書いておく。

私は学者でも識者でもないのだが、どっちかというと歴史とか考古学とか、長いスパンで考えるジャンルの方が馴染みがある。そして人間の理性を全く信用していない。

ヨーロッパは変化しつつある。が、それは、長い歴史から見れば今までにも何度も繰り返されてきたことに過ぎない。難民が大挙して流れ込むのも、"海の民"が押し寄せてくるのも、フン族が来襲してゲルマン民族が大移動するのも大して変わらない。どうせ数百年後には全部交じり合う。今はその過渡期だと思う。
混ざらない場合は、大量殺戮で異邦者を排除する、異端審問やレコンキスタの時代の再来となる。

どっちがいいのか、どっちを選ぶのか。排除を選べないのなら、時間が経てば自然と交じり合う道が選ばれる。問題となるのは、善処しようとして少しでも足掻いた末にそこに辿り着くのか、なりゆきに任せて無意味な血を流した末に辿り着くのかの違いだろう。

出来れば前者であってもらいたいが、悲しいかな、人の歴史はほぼ常に後者であった。人は、自分の生活が脅かされることは絶対に耐えられないからだ。自分を犠牲にしてまで他人に尽くすには多大な努力を必要とする。聖書の中では「愛せよ」と神が命じることになっている。愛することさえ、誰かに命じられなければ自然には出来ないのが我々である。

これからも多くの血は流れるだろう。平和裏に現状が収束するとは思えない。
その先で、数百年後のヨーロッパは、アメリカに良く似た多民族国家群になっていると予想する。そこで出来る可能な努力とは、流される血を出来るだけ少なくすることのみである。

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