現在位置を確認します。

アクセスカウンタ

zoom RSS 「クレオパトラは白人」という誤解。「クレオパトラはギリシャ系(マケドニア人)の子孫」が正解

<<   作成日時 : 2017/04/20 00:10   >>

トラックバック 0 / コメント 0

クレオパトラはギリシャ人だから実は白人だった、というポカーンとするような内容の誤解がまことしやかに広まっていたので、早速サッコミを入れておきたい。

画像



<まず大前提>

一般に「クレオパトラ」の名で知られているエジプト最後の女王クレオパトラは、正確には「クレオパトラ7世」。
彼女の所属する古代エジプト最後の王朝、プトレマイオス朝は、アレクサンドロス王の死後に後継者となったラゴスの子プトレマイオスが立てた外国人王朝である。(エジプトはアレクサンドロスに制服され、彼の帝国の一部となっていた。)

初代の王であるプトレマイオス1世がマケドニア人なので、この王朝はギリシャ系マケドニアの王朝ということになる。その子孫であるクレオパトラもエジプト土着人ではない、と思われがちだが、マケドニア王朝自体が300年も続いているわけで、300年も住んでいた一族に対して「ギリシャ人だからエジプト人ではない」というのはかなりの暴論である。普通に考えればエジプト人と言っていい。

が、そうは言っても納得しない人は多いだろうから先を続けることにしよう。



<マケドニアってギリシャと違うの?>

ギリシャ文化圏の都市国家のひとつではある。(のちにアレクサンドロスの時代に領域国家となるが)
が、そもそも古代にギリシャという国は存在しないことに注意してほしい。

「古代ギリシャ」の実体は、アテネとかスパルタとか、有力な都市を中心とした様々な都市国家がいくつも寄り集まったもののことで、一度として統一国家は築かれていない。地方ごとに少しずつ異なるが概ね均一な文化が存在するだけだ。
アレクサンドロスの死後、彼の帝国からエジプトが独立してプトレマイオス朝となる時代においても、"我らはギリシャ人"という統一されたアイデンティティはおそらく存在せず、各々、出身都市の都市市民であるという概念を抱いていたと思われる。
よって、「ギリシャ人」と一括りにしても、その中身の人間の外見や性質が均一だったとは言いがたい。


<ギリシャはヨーロッパなの?>


現在はEUに所属しているので分類としてはヨーロッパだが、古代世界においてはむしろアジア側と繋がっている。「古代」ギリシャの話をするのであれば、「東地中海文化圏」というくくりで考えるべきだろう。

参考までにアテネとスパルタが戦争してた頃の地図を出してみるとこんな感じだ。

画像

(出典元/古代ギリシャ ライフ人間世界史)

東地中海のみならず黒海方面まで、つまり現在でいうところの「アジア」まで、いわゆるギリシャの都市が広がっていることが判ると思う。ここからも、古代ギリシャが現在でいう「ヨーロッパ人」ではないことは分かると思う。そもそもこの時代には「アジア」「ヨーロッパ」という区分が機能し得ないのだ。ギリシャ文化の広まっていた範囲は、現在の「ギリシャ」という国の範囲とは全く異なる。

ちなみに現在はトルコになっているイオニアあたりは、現在のギリシャから見ると辺境に見えるが実際はアテネ近辺よりも文化水準は高かった。ギリシャ系の人々が入植地を多数作ってた場所で、多くの著名な学者たちを輩出している。


<ギリシャ人は白人? 黒人?>

端的に言うならどちらでもない。
白人とか黒人とかいうもの単なる肌の色で決められているのだと思われるが、それは人種の差ではない。
肌の色は赤道から遠ざかるごとに薄くなる傾向にあり、地理的な要因である。端的に言えばオーストラリアに移住したヨーロッパ人は、いつかはアボリジニと同じくらい肌の色が濃くなる宿命である。濃くならない場合は、太陽光線が強すぎて皮膚がんなどの生存に不適な要因を抱え込むことになる。

その意味で北極と赤道の中間くらいにあるギリシャ付近の人間の肌の色は、中間になる。つまりアジアと大差ない、ということだ。なぜギリシャ人が白人だと思う人がいるのか良く分からないが、おそらく、「偉大なヨーロッパ文明の祖先だからヨーロッパ人でなければならない」的なバイアスでも働いているのだろう。それとも一昔前のドイツあたりのアーリア人至上主義とか。


<クレオパトラは純血のマケドニア人なの?>

もう一つ、どういうわけか出回っていたのが、プトレマイオス王朝は近親婚を繰り返していたからクレオパトラは純血に近い王家の血筋でエジプト人の血は入っていない、という謎の説である。
しかし家系図を作ってみればすぐに判るとおり、クレオパトラは純粋な王家の人間でもマケドニア系の純血でもない。

彼女は、直系の王家の子孫が内ゲバで殺されまくった挙句に担ぎ出された愛人の子から発生した系図上に位置し、祖母は土着のエジプト人だった可能性がある


以前の記事で作成した家系図を参照してもらいたい。

[>クレオパトラは弟だけでなく息子とも結婚してた。これ豆知識な
http://55096962.at.webry.info/201008/article_19.html

画像



クレオパトラ7世の祖母(プトレマイオス9世の愛人)は名前すら残っておらず、取るに足りない妾という扱いにされている。
何も残っていないので正体は不明だが、残っていないということは、宮廷にはべる遊女や踊り子のような身分の低い女性だった可能性が高い。貴族や王族であればギリシャ系だろうが、身分が低かったということは支配者階級ではないということなので、現地人、つまり土着のエジプト人だった可能性が出てくる。もし祖母がエジプト人だった場合、ギリシャ系はギリシャ系なのだがエジプト人クォーターということになるだろう。

ちなみにクレオパトラ7世は、プトレマイオス王朝の王族たちの中では珍しく、ギリシャ語だけでなく土着のエジプト語も解したという。これは祖母がエジプト人だったからではなのかもしれない。確固たる証拠とはなりえないが。




以上からもう一度整理すると、

 ・クレオパトラの所属するプトレマイオス王朝はギリシャ系マケドニア人のひらいた外国人王朝
 ・クレオパトラの祖先は土着のエジプト人ではない
 ・ただし300年エジプトに住んでいる一族なのでエジプト人と言っていい
 ・おまけに彼女自身も、祖母が土着エジプト人だった可能性はあるため生粋のギリシャ系とは言えない
 ・ギリシャ人だったとしても、古代ギリシャ人は白人でも現代で言うヨーロッパ人でもないのでクレオパトラが白人というのは間違い


なお、「何人なのか」という問いかけは、現代のように地上が国境で明確に区切られていない時代においてはあまり意味がない。特に地中海沿岸の人の流動性の高い地域では、人種など幻である。何千年にも渡って人がシャッフルされているからだ。

エジプトにおいても、古代エジプト人は白人か黒人か、という議論が熱く交わされることがあるが、ぶっちゃけどちらでもなくその中間というべき存在なので、答えは出ない。そして、生粋のエジプト人などというものは存在しない。

参考[>エジプト人は何人か?
http://www.moonover.jp/bekkan/mania/race.htm


そもそも「ヨーロッパ」と「アジア」の区切りをどこに置くのか。
ギリシャ人がヨーロッパ人だというのなら、ギリシャ入植地のあったイオニアや、文化的にはギリシャに近かったキプロス島はヨーロッパになってしまう。キプロス島はシリアのすぐ西だが、シリアもヨーロッパになってしまうのか? 線を引こうとしても、引くことが出来ないと思う。そう区切りは何処にも無い。

肌の色にしても、赤道直下からゆるやかに色が薄れてゆくだけなので、白と黒の境目には中間色がグラデーションのように連なるだけである。区切りなど存在しない。「白人か、黒人か」という議論自体が、もはや時代遅れなのだ。




最後に一つ、大事なことを伝えておきたい。


現代でもある程度そうだが、古代世界における「人種」「民族」は、肌の色でも遺伝情報でもなく、文化によって決まる。


「エジプト人」はナイル河岸に住みエジプト的な価値観を共有する人々の総称。何千年もかけて多くの移住者を受け入れてきた土地であり、元からずっと変わらず済み続けている純血人など存在しない。

「ギリシャ人」はギリシャ文化を共有した諸都市の市民たちであり、都市のロケーションは東地中海の沿岸に広がっている。決して現代のギリシャという国の周辺だけにあるわけではない。

人の所属する文化が、「何人か」を決定する。
その意味でいえば、クレオパトラは「ギリシャ系エジプト人」と結論づけることが出来るだろう。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

「クレオパトラは白人」という誤解。「クレオパトラはギリシャ系(マケドニア人)の子孫」が正解 現在位置を確認します。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる