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zoom RSS 今年も紛れ込んできた。第24回西アジア発掘報告会(その1)

<<   作成日時 : 2017/03/29 00:10   >>

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今年も休日業務を誰かに押し付けたりなんだりしつつ潜入してきた。というわけで忘れないうちにサマっときます。

[>プログラム一覧とかはこちら
http://aom-tokyo.com/event/170325.html


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・この会は何?

 実際に発掘プロジェクトに関わっている先生たちが、その年(正確には前年。今年だと2016年)の発掘成果を報告する発表会。一人25分とあまり長い時間ではないためダイジェスト的な説明になる。「この調査はこんな目的・意義がある」「このあたりの時代のこんな研究で、これこれこういう部分が特徴である」といったことから説明してくれる先生が多く、自分のあんまり興味がない・知らないジャンルについて聞くのが面白い。

・参加者はどんな人?

 専門の先生と関係者、学生さん、あと物好きな一般人。比率としては5:3:1:1くらいだと思う。一般人、特に若年層はほぼ居ない。若い子がいるとだいたい学生さんかな…。でも学生のフリをして紛れ込むことは全然可能。ぜひチャレンジしてみてほしい。

・途中入場/途中退出はアリ?

 わりと多いです。興味ある先生の話しか聞かないストイックな人とかもいる。あと関西とか遠くから来てる人とかは帰りのバスや電車の都合で二日目の途中でいなくなる人が多い。ちなみに資料代500円はいっかい払っとくと二日目は要らない。どこからどこまで聞いても500円。 一般参加は1000円でした…


さすがに全部は聞けなかったが…とりあえず、エジプトの部のあった二日目ぶんはまとめた! 細かいところ調べる時間があんまりないからネタ拾いは5月にかけてぼちぼちやっていくよ! え、4月? …今年、…新入社員対応なんスよ。あとは…お察しくださ…

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●南コーカサス地方の新石器時代

こないだ行った、↓この講演会の続きの発表。

講演会「西アジアから南コーカサスへー新石器時代農耕の拡散と社会の変化」に行ってきた。 http://55096962.at.webry.info/201702/article_25.html

「肥沃な三日月地帯」で始まった農耕が500kmくらい離れたコーカサス地方にどのように伝わっていったのか、を調べる研究の過程で、農耕の始まる以前の人たちの暮らしぶりを知りたいというのが今回の発表内容。なお農耕技術の伝播は、「技術だけ伝わった」のか、「技術をもった人が移住していって住人が入れ替わった」のかは分からないので、そこは論じないとのことだった。まぁどっちも有り得るし、実際は少数で移住していって長年かけて入れ替わるようなカンジだったかもしれないので、そこは先入観を持たないほうが確かによさそう。

スタートは、コーカサスで農耕の始まる直前の1000年くらいの範囲の遺跡が全くない、という話で、新石器時代がスタートする前の人たちがどうしていたのか分からないので探したぞ! というのが今回の報告だった。アゼルバイジャンがソビエトの一部だった時代の、50年以上も前の発掘報告書を掘り出してアタリをつけたのがダムジリという遺跡。しかし現地で「遺跡」として保護されていた洞窟は実は遺跡ではなく、なんと隣のバーベキュー場にされていた洞窟が本命だったらしい…。そこは水が染み出すスポットのある岩陰で、いかにも人が住みそうな雰囲気。

掘ってみると確かに石器出てきた、ということで、紀元前7千年くらいの中石器時代の遺跡は確かにそこにあった、ということのようだ。なお農耕が開始されるのはその直後なので時代的には繋がっているが、石器の作り方が全然違うらしく、ダムジリの住人と、農耕をやってたギョイテベやハッジの住人とは別系統のようだという話だった。

ただし短期間で大規模な住人の置き換えは起きないだろうから、繋がる時代の中で短期間にどのように農耕が開始されていったのかは今後の課題となるようだ。

おまけとして、最下層からネアンデルタールの石器が出てきたとう話もされていた。水場のある岩陰なら暮らしやすいだろうし、たぶん歴代のヒト種が連綿と住み続けてきた場所なんだろうな。

(バーベキュー場の発掘風景は申し訳ないけど笑ってしまった。発掘の合間にシシカバブ焼いたりしたんですかねアレ…)



●中央アナトリアにおける銅石器時代解明へ向けて

銅石器ってなんだよって最初思ったけど、たぶんこれ銅器時代・石器時代のことだよね…。
アナトリア、というかカッパドキアの真ん中にあるメジャーな遺跡キュルテペの発掘調査。トルコはクーデーター未遂があったりイスタンでテロが相次いだりで学生を発掘につれていけなかったという話も出ていた。カッパドキアはわりと安全だと思うんだけど…そもそも空港が狙われてるからだめなんだろうなあ…。

キュルテペ遺跡といえばアッシリア商人のコロニーとして知られているのだが、掘ってみると紀元前3,000年くらいまで遡る住居跡が見つかり、実はアッシリア商人が住み着くより1,000年も昔からそこに町があったことが判ってきたらしい。どこまで遡れるか、これからトレンチの残りの部分を掘って確かめてみるという話だった。アッシリア以前というと、原ヒッタイト人の住居だったりするのだろうか。アナトリアの編年はいまひとつよく分からないので今度ちょっと調べてみようと思う。確かカマン・カレホユックとかで編年作ってた先生がいたはず…。

遺跡の近くに錫の産地があるので遺跡から出てきた銅器はおそらく青銅のはずだが担当のトルコ人(?)の動きが悪くて解析がまだ終わってませんとか、出てきた土器の破片のうずまき模様が想定していた形式と違ってどこから繋がる文化なのか分からないとか、赤裸々な苦労話が出てきて大変そうだった。が、出てくるものの予想が外れるからこそ面白いというのもある。

[>参考

トルコ共和国カイセリ遺跡調査プロジェクト(KAYAP)
http://kayap.exblog.jp/


今回の発表には入ってなかったけど、ここの遺跡からつながる、紀元前2,000.年くらいの交易ルートがどうなってたのか、とかの話はすごくワクワクする。その頃ってまだ馬もラクダも飼いならされてないから使うとしたらロバくらいしかないわけで。「中世ファンタジー」とかの交易商人とは全く違う、「古代ファンタジー」な交易商人たちの生活が見えてくるんだ。まだ世界地図もなく、世界の大半が人の認知の中で「空白」だった時代。忘れ去られたはるか昔の記憶が土の中から少しずつ出てくるっていうね、その瞬間の楽しさのためにこのジャンルずっと見てる。



●先史オアシスの形成過程を探る

過去に気候変動がおきたとき、人がどのように反応したか、オアシスにどのように人が生活を築いていったのか、を調べる研究。オマーンのバート遺跡群が対象。過去の気候変動の推測図が出されていたが、12.5万年くらい前は今より雨が多く緑が広がっており、その時期に人類はアラビア半島を通り越してアジアに広がっていったと考えられている。2.1万年くらい前の最も寒かった時期には雨が少なくなっており、今より乾燥しているので人は住めない。そう、農耕とかで気候変動に対応出来ない頃は、環境が悪化すると人間はよりよい環境を求めて移住するしかないのだ…。石器などの生活の痕跡が出てくる=そこに人が住める環境がある、ってこと。空白期間は、人が住める環境にない。

画像


その他に、オマーンのあたりは紀元前4000年紀が「ダーク・ミレニアム」とされていて遺跡などが出てこないらしい。まだ見つかってないのか、そのへんは人が住めない何かがあつたのかは今のところ良く分からないとか。めんどくさいことに「ダーク・エイジ」とか「ダーク・ミレニアム」という言葉はほかの地域でも使われていて、しかも時代が全然異なるので注意が必要。

今回の発表では、かつて川が流れていた場所の扇状地を掘っていた。その土地がかつてどのように利用されていたのかを調べているらしい。
地元の人に聞くと発表の中で掘っていた場所は数十年前まで果樹園だったそうで、地元の人は「大昔もそこ果樹園に使ってたんじゃない?」と思っているとか。ただし今回の発表の中では、土器などの道具は見つかっていない。

オマーンのあたりだと古代文明としてのマガン国とかが有名どころだけど、こういう人がどのように暮らしてたかっという研究も面白そうだ。



●古代ディルムン王国の起源を求めて

最近のマイブーム、ディルムンの話。ディルムンというネトゲもあったりしたので名前を知ってる人は多そうだが、メソポタミア文明とインダス文明の中間地点で二つの地域を繋ぎ、海上交易によって栄えた"もう一つの文明"だと覚えておくとだいたい合ってる。

中近東に政情不安の場所が増えたので、日本隊は数年前から湾岸諸国でも活発に活動している。中でもここは、バーレーンが今年、世界遺産に申請しようとしている古墳群に関係している発掘現場なので、現地もそれなりに力を入れている。古墳といっても日本の古墳のように巨大なものではなく、せいぜい10mくらいの大きさの小山みたいなやつだが、時代は紀元前2,000年以上前。時代ははるかに古く、ディルムンがインドとメソポタアの交易を中継しだすより以前から古墳が作られているのだ。

何しろ時代が古くてわくわからん、本格的に調べだしたのが最近なのに近年の開発で古墳群がぼこぼこ壊されてる、文字記録はメソポタミアに頼っている、とわからんことだらけなのだが、そのぶん本来の意味での「歴史ロマン」がたくさん詰まっている。この土地にどのようにして文明が築かれ栄えたのか。航海技術はどうやって身につけたのか。なんで交易やろうと思ったのか。etc... 疑問は一杯湧いてくる。

なお発表者の先生の本もとても面白いので、海上交易国家とかが好きな人にはオススメだ。




●オマーン湾港町ディバの発掘

いつもほんわか楽しそうに発掘している先生の発表。だがテーマを決めずに喋ってもらうと実は知識が物凄いことを最近知った。元々中国のほうをやってたらしいのになぜか今はアラビア半島でアラブ時代やってるってだけでも守備範囲が広い。
オマーンの湾岸の「イスラム時代」の生活の復元を目的としているらしい発掘の報告だったが、発掘現場の日常の雑談が面白かった。

オマーンもイスラム教国なので昔は女性たちがけっこう隠れていたのが、最近は自撮り的な写真も結構撮るようになってきてるとか、ちょくちょく発掘現場に遊びに来るとか。海沿いが埋め立てられて発掘現場の近くに道路が新しく通ったとか。何年も同じ場所で発掘を続けていると、この国の変化なんかも感じられるのかもしれない。

古代史をやってる先生が多くて「古代」は細かく時代分類がされているのにイスラム時代は「イスラム」といっこに纏められている、とかは、同じジャンルの色んな先生が集まって発表する場だからこそ出てくる発言かなぁとも思った。(エジプトの場合は「○○朝」で細かく分かれるけど、湾岸諸国のあたりはそうじゃないのかな…?)


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長くなりそうなのでエジプトの部はその2でまとめるよ!
アジアはその3でまとめるよ!(予定)

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