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zoom RSS メソポタミア史でしょっちゅう忘れられている不遇の王朝を掘り出して年表にしてみたら

<<   作成日時 : 2017/03/11 00:10   >>

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ウル第三王朝忘れられすぎやろ

…というところから始まった今回のコレ。
メソポタミア史(特に南メソポタミア)は、地域全体の統一王朝がいっこだけある、っていう状況があまりなくて、同時並行で色んな王朝が成立してます。


たとえばメソポタミア南部=関東平野と考えてほしいのです。
東京バビロンの周囲で、栃木と千葉と群馬が常にナワバリ争いをしていて誰がバビロン取るかしのぎを削っている状況だと。で、一瞬東京をとるけど500年単位で見たら期間が短く、かつ勢力的にも小さめの群馬を年表から省略したとします。

それが世の中によく出回ってる年表。
(※群馬に恨みはない…ただグンマーってエラムっぽいなとちょっと思っただk)


実際は主要なとこだけでも勢力いっぱいあるんやで? というわけで、メソポタミア南部に存在した主要な勢力の興亡を図にしてみた。

※だいぶ横長です※

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デカすぎて見えねえ! って人のために、最初のほうだけのバージョンも。

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えーお分かりいただけますとおり、シュメール人の、各都市が都市単位で国家を形成していた時代は、アッカド人の王朝と並行して存在します。そのあと、ウルという都市が単独で台頭してくるウル第三王朝(※)が出てきて、次にイシンという都市とラルサという都市が覇権争いをする時代になる。

これをたった一本の棒で年表にしようとすると、時代のかぶってる王朝がなぜか無かったことにされちゃうわけですね…(´・ω・`) アッカドとウル第三王朝はしょっちちゅう消されてるし、イシンとラルサはまとめてイシン・ラルサ時代にされちゃうし、海の国とかカッシートとかぜんぶバビロン扱いだしね。


(※ ウル第三王朝は、ウルに出来る三番目の王朝という意味。一番目と二番目はぶっちゃけ記録少なくてよくわからんです。)



なお北メソポタミアも入れると、年表はもっと複雑になります。ていうかシリアあたり国の入れ替わりがひどいです。
今も昔も、権力に隙間が出来ると新勢力が台頭してくる土地なんだなーとシミジミ思うのです…。

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