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zoom RSS シュメールの小国「海の国」、一時バビロン制圧までしたのに歴史書での影が薄いぞ!

<<   作成日時 : 2017/02/22 00:10   >>

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影が薄いどころか、ぶっちゃけ何処から何処まで国だったのかすらはっきりしなくて、国土が点線表記という楽しい王国。

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そして一次資料がほとんどなくて「存在してたのは確かけど実態がよくわからん」というこの扱い。気がついてしまったら気にならずにはいられない…国の名前? 残念だがそれすらも分からないんだよな!! とりあえず、通称は「海の国」ってことになってる。もしくは「海国(かいこく)」とか。知名度はたぶん無いに等しいと思うので、とりあえず情報を置いておこうと思う。


<<海の国とは?>>

エジプト史でよく出てくる「海の民」とは全然関係ない。現在でいうシュメール(つまりペルシャ湾に面したあたり)に作られた国。ただし正確な領域も民族も良く判ってないというナゾな国。遺跡なし! 直接記録なし! 後世の記録や、バビロンの王名表など他国の間接的な言及によって存在したことだけは判っている。生活様式も不明で、「たぶん今のアラブ人みたいな生活をしていたのでは…?」と言われている。



第一王朝:紀元前1740年〜1475年 ←カッシートに敗北しいったん途絶える
第二王朝:紀元前1025年〜1005年 ←再興しバビロンに攻め上る

紀元前400年くらいまでは存在するが、その後この地域はペルシアやパルティアに隷属するようになる。
 

一応、歴代の王名については「メソポタミアとインダスのあいだ」P252〜に載っているのを見つけたが、そこに出てくる王様の名前はイルマイルだのエラガーミルだの、メソポタミアの王様たちとはずいぶん違う響きを持っている。

ちなみに「おさらい」すると、ここでいうシュメールとはメソポタミアを形成するチグリス・ユーフラテス川の最下流、海に面したシュメール地方のことである。地方名としての「シュメール」であり、シュメール人の作った国という意味ではない。


それなりに長い年月、継続してそこにあり、しかも一時期バビロン制圧までやってるほど勢いがあったのにも関わらず、なんか正体がよく判ってないっていうこのチグハグさ。首都の名前も歴代の王様の名前も判ってるのに、その肝心の首都の位置すら不明だし。なんだかミステリアスで面白そうな小国なんですよココ。

そもそも「海の国」ってのも正式な国の名前じゃないっぽいし、彼らは一体何者なんだろう…。
ちょっと手が空いたときにでも調べてみたい。


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