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zoom RSS 栽培化コメの起源って今どうなってるんだっけ? ということで稲の栽培化タイムテーブルを整理してみた

<<   作成日時 : 2017/02/12 00:10   >>

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こないだナショジオの記事にツッコむときに、本棚に資料があんまりない!!って気がついてしまったので、補完できる本を探しに本屋に行ってきた。米(イネ)の起源地は中国周辺なので中国の考古学を探さないといけないのかなーと思っていたが、日本の弥生時代まで続けて書いている手ごろなのがあった。「稲の考古学」。

稲の考古学 (世界の考古学)
同成社
中村 慎一

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「イネってのは一種類の植物の名前じゃないよ」とか「インディカとジャポニカの分類って実は曖昧なんだよ」とか、基本的な事項から書いてあって親切。客観的な視点と自分の意見のバランスも良くて面白かった。末尾に参考文献だけではなくネットでの情報入手の方法なんかも書いてくれているので、これはとても良い初心者用の本。真の意味での入門書。


また、この本からは過去の説のしがらみをあまり感じない。
最後の方に載ってる日本の縄文時代(この本では縄「紋」時代で統一されているが)の部分の記述内容などは特にそれを強く感じた。

かつては「縄文=狩猟採集」、「弥生=濃厚栽培」と分けられていたのが、最近では縄文時代高貴には既にコメ以外の土着植物の人工利用があったことは確実視されていて、多少ではあるがコメも出ている。にも関わらず、「それは栽培とは言わない、縄文時代は基本的に狩猟採集の時代である」みたいな感じで従来の見方を出ようとしていない"古参重鎮"の先生方も多い。そのため日本の縄文時代に関する本では、農耕の起源や植物の栽培についての部分が妙にお茶を濁したようになっているものもある。

しかし、この本の著者は考古学よりは植物学よりの立場らしく、そのへんバッサリと明快に書いてくれているので判りやすい。従来説がどうだとか、学会の風潮がどうとかより、「証拠が信頼できるかどうか」で決めればいい。それが一番、真実に近くなるだろう。

重要なのは、何をもって信頼できるかどうかの判断基準とするか、だ。
それを決めた上で、証拠の確実性が高いなら「ある」し、確実性が低いなら「あった可能性はあるがなんとも言えない」とする。それが公平な見方だと思う。実は専門家でも案外忘れている場合が多いのだが…。


******

というわけで、本題に入る。

最初の方に出てくる稲作の起源に関する中国の遺跡の発掘状況についての紹介がこの本の重要な部分。前にもちょろっと触れたとおり、中国さんの発掘報告って最初の報告の時点ではわりと無茶な数字を挙げてくる傾向にある(´・ω・`) 追試や再考で年代がすごい勢いで変わってたりするので、報告書をそのまま鵜呑みに出来ない。(その原因も本の中に少し書かれているのだが…)

著者はそうした怪しい報告に対して「ここがこうだから、この証拠はちょっと信用ならない」と細かく吟味している。判断基準は納得のいくものである。それらを差し引いて、栽培種のコメが誕生するまでの流れをざっくり総合すると…、

 ・稲作の起源地はおそらく複数。長江中流+東アジアのどこか、場合によってはインド?
 ・日本に入って来たコメの起源地 長江 中〜下流地域と推定。およそ一万年前(紀元前8,000年) 最初のイネ利用
 ・栽培化は推定6000年前くらい
 ・稲作(イネの栽培化)の確実な証拠は、栽培化されたコメの出土だけでなく農具など複合的な要因が揃わないと判断出来ない

という感じになる。

本が出たのが2002年なので、そこから書き換わっているかもしれない。ただ、最近の発見で書き変わっているとすれば、それは追加検証されていない「報告者が数字を盛りまくった状態」を採用している可能性もあるので注意が必要だろうと思う。

その内容を、もう一冊、比較的新しい本で判り易く書いてくれている「タネをまく縄文人」という本の内容でも補完しながら纏めてみる。





稲作に関わる主要遺跡の地図(「稲の考古学」から)

画像




ざっくり年表(「タネをまく縄文人」から)

画像
※BPは「今から何年前か」という数字。紀元前○○年に直すときは、紀元後の年数を引く必要あり。




確実に稲作を行っていたと思われるのは河姆渡(ヘムドゥ)遺跡の紀元前5,400〜4,700年あたりの史料。年稲と同時に農耕用の道具が出ているので確実と思われる。ただし栽培されていたコメの大半がまだ野生種。
この遺跡が最古ということはないはずなので、稲作の始まり自体はもう少し前だろうと考えると紀元前7000〜6000年あたりが"稲作"の開始と考えられる。

ここで混同しやすいのが、たぶん
 「食用利用の開始」(≠野生利用の開始)
 「農耕の開始」(≠農耕移行期)
 「イネの栽培植物化」(≠農耕本格化)
だと思う。


・1万年くらい前
食用利用=そのへんに生えてるのを食べ物と認識する=採集のみ

・7-6000年くらい前(紀元前5000年〜)
農耕の開始=集中的に人工栽培しはじめる=農耕開始

・それ以降〜3000年くらい前【稲作起源地付近】
栽培植物化=人間に好ましい性質が選別され、野生種が栽培植物化する=現在の米の祖先誕生



栽培植物化されたイネが伝播していくのは、当然ながら起源地から近い場所のほうが早い。
現在のところ長江中流〜下流あたりが中国での起源地と考えられているので、そこから離れるほど、現在の中華人民共和国の枠内でも、稲作の開始は遅くなる。

農耕開始とともに必要となってくるのが、稲刈り道具、畑をつくる道具、鍋かお釜、である。これらが一緒に出土すると、農耕が開始されていたという証拠になる。逆にこれらは稲作に必須なので、無いと、本当に稲作をしていたのかどうか怪しくなってくる。

また、イネの栽培植物化は、籾の大きさや禾(のぎ)から判別しているようだ。


年代や稲作のタイムテーブルについては、実は中国の学者よりは外国人である日本の学者のほうがフェアに判断できていると思う。中国国内の報告者の発表は、功名心に焦っているのか、数字を盛る伝統芸のせいなのか、タイムテーブルを大きく外れても理由をあまりツッコまないし、根拠が薄いにもかかわらず自信満々で自説を出してきてて納得出来なかったりする。

なので、よほど大きな(確実な)発見が無い限り、とりあえず上記のタイムテーブルに従って考えれば、おおよその間違いはないかと思う。

米と酒の関係については、どちらも本にも書かれていなかったし、気になっていたナショジオの記事の混乱の理由が「食用利用の開始」と「農耕の開始」の年代をごっちゃにした結果なんだろうなというのも見えたので、ここでは追記しない。記事の内容がイマイチ信用ならないにしても、コメを発酵させる技術が何時頃生まれたのかは気になるので、今度また追加で調べてみようと思う。

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