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zoom RSS マチュピチュ村(旧名:アグアスカリエンテス)を作った日本人の話

<<   作成日時 : 2017/01/31 00:10   >>

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発端→ マチュピチュ村が日本の温泉街に似ている、という話をする。→温泉街だからそりゃ似るんじゃないの→そもそもその温泉掘って村作ったのは日本人移民。 →マジかよ!

というわけで、いつかちゃんと調べようと思ってたやつなのだが、いつの間にか本が出ていた。




この本は、初代村長だったという野内与吉のお孫さんが編著しているという。祖父の功績を知らせたい、ということのようだ。

この本は、表紙を一枚めくったとこのカラー表紙のタイトルが「ペルー・クスコ・マチュピチュ」になっていて「えっこれ別の本の表紙がまちがって入ってるの?」って思ってしまうのと、本文が文章ではなくいきなりマンガから始まっているという謎構成のせいで戸惑ってしまう作りだが、それで正しいらしい…。最初はいきなりマンガで、与吉の半生が語られる。というかマンガの部分が本編で、だいたいそこで必要な情報が揃ってしまう。

本の、残りの1/3くらいは、ペルーという国と、その国でのほかの日本人たちの活躍、日系移民の歴史などである。アメリカとの開戦後、中南米に移住した日系人たちが財産を没収され拘束されたことは、以前の記事にも書いた。
しかし村人の信頼を得ていた野口氏は、村人たちにかばわれたので強制収用は免れたのだという。


アグアスカリエンテスという村の由来ともなった、野口氏が掘ったという温泉は、いまもある。というか観光地として有名になってる。ぬるい泥湯みたいな感じだが、山間を見ながら入る露天風呂はわりと楽しい。(ただし入ってる最中にスコールが来るとえらい目にあう)

元々は人が散らばって暮らす小さな山間の集落だった場所に温泉を掘ってホテルをたて、電気を通し、人を集めたのがこの人だとすれば、確かに「村を作った」功労者だし、初代村長というのも頷ける。
今では世界有数の観光地となっているマチュピチュの遺跡だが、村が出来た当時はまだマチュピチュはさほど有名ではなく、鉄道も引かれたばかりだったという。野口氏は、そんなマチュピチュに、多くの学者たちを案内してきたガイド役でもあるという。

なんか、意外なところで日本と繋がっている遺跡だったんだなぁ…と、改めて思ったのだった。




マチュピチュ村には行ったことがあるが、野口氏が開業した村で最初のホテルだという、ホテル・ノグチを見た覚えはない。今はもう無いのかな…
広場におかれていたという、野口氏が最初に村に光を灯すために使ったという発電機も見た覚えはない。何軒か日本人の名前のついてるお店は見かけたし、村人に日本人名の人がいるなぁとは思ってたんだけど、そういう…ことだったのか…(´・ω・`) 行く前に知ってれば、もうちょっとネタ集められたのに…。

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おまけ

ペルーぶらり旅シリーズはこちら。
http://55096962.at.webry.info/201308/article_6.html

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