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zoom RSS (メモがわり)大昔の偉い人は過去を見ていたが、いつから人は未来を哲学するようになったのだろう

<<   作成日時 : 2016/12/15 00:10   >>

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久し振りに古典ギリシャの哲学者の本とか見てて思ったこと。
昔のえらい人(物をよく知ってる人)って、

 ・過去の出来事をよく覚えている人
 ・今までに出た書物をたくさん知ってる人
 ・世界の成り立ちとか起源とかのことを考えてる人

"昔"に特化していて、未来の話が出てこない。
「ぶっちゃけこの世界って将来どうなるのよ」を概念ではなく現実的な尺度で予測するとか、未来の話が不思議と無いんだよね。知識人、賢人の基準が「過去」にある。

現代のそれは、どちらかというと「未来」に基準が置かれているように思う。
過去のことを学ぶのは前提で、その知識を未来予測に使える人が"偉い"。

昔の人たちの時間概念ってどうなってたんだろう、とふと疑問に思った。何百年とか、何千年とか先という概念は、もしかして存在しなかった…のか…?
だとしたら、人間が「千年」とか「万年」の単位をリアルに感じて未来を想像するようになったのって、何時頃なんだろう。少なくとも、キリスト教の「千年紀」の考え方だと、千年で世界が終わることになってるので、その先はない。もしかして、ヨーロッパ世界で千年以上の未来が概念に生まれるのって、産業革命以降とかの比較的新しい時代だったりする…?


これはたぶん、アジアとヨーロッパでも大きく違うとは思うんだ。
中国なんかだと古代から「万年」単位の話は出てくるし。ただ、中国の哲学は良く知らないのでその概念が「未来」なのか「過去」なのか、神話上の概念なのか現実の人間の時間なのか判断が出来ない。


ちょっと調べてみると面白そうな部分だなー、ということでメモがわり。



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