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zoom RSS 中王国時代・センウセルト3世王墓近くで発見された船の壁画のミステリー。

<<   作成日時 : 2016/11/04 00:10   >>

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元記事コレ

3,800-Year-Old 'Tableau' of Egyptian Boats Discovered
http://www.livescience.com/56695-ancient-egypt-boat-tableau-discovered.html

中王国時代、第12王朝の王様・センウセルト3世の墓の近くの構造物の壁に船の絵がいっぱい描かれてたけど、何のために描いたのか判らなくて考古学者が首ひねっているっていう話です。

描かれた数、なんと120隻! 多い。多いよ。ただの落書きにしちゃ多すぎる。
大きいもので1.5m。しかもけっこー上手いこれ。専門の職人(墓作りに参加した人)が描いたくさい。

画像


ちなみに、アビドスのほうの墓が墓として取り上げられてますが、いまんとこセンウセルト3世の墓と考えられているのはダハシュールにあるピラミッドです。本体ピラミッド周りに小さいピラミッドが7つも作られてて、中から王妃らしき棺が見つかってる。
座標は「29°49′9″N 31°13′32″E」なのでてけとーにGoogleとかに放り込むとそこに行けまする。赤ピラミッドの近く。ちなみにピラミッドの直ぐ横にある滑走路みたいなのはエジプト軍の基地でございます。(なのでココは個人で観光に行かないほうがいい場所。)

二つ墓があるので、どっちがホンモノの墓か学者さんによって採用する説が違うという(そしてご本人はどっちからも出てきていい)…でもまぁ王妃の埋葬はピラミッドのほうだったので、ピラミッドのほうが無難かな。たぶん。


船のかかれている"構造物"は、4m×20mという細長い構造。で、建物の入り口あたりに大量の壷が見つかってる。
ホンモノの船をここで作っていたか、収めてあったんじゃないかというのが一つの説。で、壷は葬祭儀式の時に使われたもので、オイルや水が入っていたものかもしれない。とのこと。しかし船を収める建物に船の絵を大量に描くってのも謎なんですよね。


古代エジプトで葬祭に使われた船の実物といえば、ナイル中流のアビドスの木造船が有名。

After 5,000 year voyage, world's oldest built boats deliver
https://www.abc.se/~pa/mar/abydos.htm

こういうやつが、この建物の中にもあったのかもしれないということです。ちなみにアビドスのほうの木造船の発掘も、同じPennsylvania Museum関わってます。



で、エジプトで葬祭で船っていうと、「太陽の船ガー」って言い出す人がいそうなんだけど、良く見て、これ、ふつうの人間が生活で使う用の船の絵だから。よーく見て形。新王国時代のハトシェプスト葬祭殿の壁に描かれてるやつとそっくりなのもあって、外洋船も混じってるかもしれない。ただ大半のやつは、そのへんの漁師とかが乗ってそうな絵。だから余計に謎なんですよ。

王様の墓の近くの構造物に、プロの仕業っぽい絵が描いてあるからには、たぶん近所の船好きの人の落書きとかじゃないと思うんですよ。数も多いし。許可もらったか、命じられて、何か意図して描いたんだろうなーと。でもその目的が思いつかない。これは確かにミステリー。

こういう、すぐ答えが分からない謎みたいなの楽しいです。

一つの想像だけど、センウセルト3世の軍事遠征の時の模様を描いたものだったりしたら楽しいかな!!
外洋船っぽいがあるのでシナイかシリアあたりに遠征したときの絵で、王様の乗る船+随伴船みたいなかんじだったら…いいなあ…。


*****

◎おまけのまめちしき センウセルト3世◎

脳筋王の一人。

戦の神モントゥに神殿を捧げている。度重なるヌビア遠征でフルボッコにした結果、ヌビアで闘神扱いで信仰されるようになった。パレスチナ付近にも進攻し、この王の時代の呪詛文書では、呪いをかけられている他国の諸部族の中にアシュケロン、ビブロス、エルサレムに相当する都市・地域名も出てくる。のちの時代に、なぜか業績の一部がラメセス2世と混同された。

なお、後世に記されたマネトーの記録によると「2mを越える偉丈夫」ということになっている。色々と妄想のはかどる要素のあるお方である。

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