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zoom RSS 神話では敵役のセトとホルス、人間界では双子の名前につけられていた。

<<   作成日時 : 2016/10/19 00:10   >>

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ホルスの名前をもつ王がセトの名前をもつ他人に王位を譲渡して始まったのが第19王朝。

 【歴史萌えポイント】古代エジプト第18→19王朝の移り変わりがドラマティックすぎた。
 http://55096962.at.webry.info/201602/article_22.html

けれどそれに先立つ第18王朝には、既にセトとホルスの名前がふつーに兄弟の名前につけられていた、というお話。


時はアメンホテプ3世の御世、この王様はアクエンアテンの父上。ツタンカーメンの(おそらく)祖父。
詳細は年表を参照。

 http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/index-new.htm

アメンホテプ3世の時代に、王に仕えていた建築監督のホル(ホルスの古代エジプト語名)とステク(セトの古代エジプト語名)という双子の兄弟がいて、彼らが共同で作った石碑が残されている。それがこちら。


Granite stela of Hor and Suty
https://www.google.com/culturalinstitute/beta/asset/granite-stela-of-hor-and-suty/cwF41zEmmINBTg?hl=en

画像


よく知られている「ホルス」「セト」は実はギリシャ語での名前で、エジプト語だとホル、ステク(セテク/ステュク)になるので、これは確かにホルスとセトが双子の兄弟の名前に使われてるケース。石碑の中央にはオシリス神とアヌビス神がいて、兄弟がそれらの神様に祈っているという構図。ただし後世に彼らの姿は削り取られている。

 ※上記URLの写真には拡大ボタンがついてるので、アプレットとか無効にしていなければ拡大できるはず



アクエンアテンの前の王様の代に造られたものではあるが、この石碑の中には「アテン」という言葉が出てくる。


"アメンの建築長官スーティおよび、アメンの建築長官ホルによる、ホルアクティとして昇りたまうアメンの賛美。
かれらは言う。
汝、不断に暁にのぼる日々のうるわしきラア、労働にいそしむケペリ、万歳!

<中略>

汝に敬礼。
おお日中のアテン、万物の創造者、その生命をつくるもの、
羽根輝かしき大いなるホルス、
自らもちあげたるケペリ、みずから生まれしもの、人より生まれいでざりしもの、
天のヌートの長子、日の出、日の入とともに歓喜を受けるホルス、

<後略>"

*「古代エジプトの神々 その誕生と発展」より一部訳を抜粋



いわゆる太陽賛歌というやつで、ここでは太陽の別名として、アメン、ラー、ホルアクティ、ケプリ、アテンが同等に扱われている。この時代はまだ、「アテン」はほかの太陽神と同等の一柱でしかなかったということだ。アテンが他の神々を認めない排他的な唯一神となっていくのは、よく知られているとおり、次のアクエンアテンの治世になってからである。



碑文の面白さもさることながら、時代のはざまに生きたこの兄弟の人生がどんなものだったのかも、とても気になる。セトとホルスだけど共同で碑文を作るってことはきっと仲良かったんだろうし、石碑の中の姿が削り取られているってことは、その後、王の寵愛をうける立場からはどうやら転落してしまったようだし。もしかしたら取り立ててくれたアメンホテプ3世が没して、その息子の代になったら「アテン神殿とか建てるのヤダ!」って仕事拒否したのかもしれない。何しろこの二人の仕事はテーベのアメン神殿の建築担当だったみたいだから…。

一つの石にもドラマがある、じっくり見ればはるか昔に生きた名も無き一般人の人生に思いを馳せることが出来る。これが古代エジプトというジャンルの醍醐味。

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