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zoom RSS 古代エジプト文学「シヌヘの物語」を読み返してみたら、普通にピラミッドが墓として登場するんだが…

<<   作成日時 : 2016/09/25 00:10   >>

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こないだ文庫で再刊行された「エジプト神話集成」を読み返してて、ふと気が付いたのだが、「シヌヘの物語」のクライマックスで、主人公シヌヘが自分のためのピラミッド墓地をもらってるシーンがあったんだけど。というお話。

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「シヌヘの物語」は古代エジプト文学の中で最もメジャーで、そのためたくさんの写し(パピルスや陶片)が存在する。頭から終わりまで完全に残っている、たぶん唯一に近い作品だ。

主人公シヌヘは、中王国時代のアメンエムハト1世に仕えた貴族である。作品の写しはこの王の生きた第12王朝のものから第20王朝くらいのものまであり、1000年近くに渡って書き写され続けてきた実に息の長いロングセラーだったようだ。

さて、そんな古代エジプト史上ではとってもメジャーなこの物語の、実際にピラミッドについて言及されてる部分を抜き出してみよう。

"ピラミッド墓地の真ん中に、私のために石造りのピラミッドが建造された。ピラミッドを切り出す石工たちが定められた区域を引きうけた。設計家がそこに図をひき、主任彫刻師たちが刻んだ。墓地にいる工事監督たち(も作業に)従事した。墓坑に納められるべきあらゆる仕度に必要な家具類がつくられ、葬祭神官が私に与えられた。私のために、最高の廷臣のためになされるように、町まで(広がる)耕地をもつ墓所の庭園が設けられた。私の彫像は黄金を張り付けられ、そのスカートは純金であった。それをつくらせたものこそ陛下であった。"



主人公シヌヘがエジプトへ帰国し、王から墓を賜る最後の場面がこれだ。

ピラミッド墓所という言葉が出てくるとおり、ピラミッドは墓とセットにして扱われている。そして続くのは豪華な副葬品の一覧である。まぁ…ちょっとひねった解釈をすれば、ピラミッドと墓坑は別、すなわち墓坑はピラミッドの「中」にあったとは限らない、と読めなくも無いが、素直に読めばピラミッドと墓坑はセットであり、ピラミッドの「中」なのか「下」なのか「横」なのかは別として、ピラミッド=墓 と読むことが出来るだろう。

いや、つーか、古代エジプト人自身が「ピラミッドは墓ですよ」とふつーに書いてたのは、あまりに目の前にありすぎて自分もスルーしてた(笑) あるじゃん。書いてあるじゃん用途。しかもこれ1000年ずっと書いてたよエジプト人。どこにも謎なんてなかったんや…。

ちなみに第12王朝は、まだピラミッド作ってます。
むしろ作りまくってた時代。アメンエムハト1世はエル=リシュトにピラミッドを造ったし、それ以降の王様たちも、第12王朝の王様たちは皆、各自ピラミッド築いてる。最後にピラミッド作ったのは第18王朝の初代の王様で、それ以降が「王家の谷」に迷路みたいな墓を作りつつ、その上に小型のピラミッド乗っけてた時代。


んてもう一つ、同じ本に収録されてる「イプエルの訓戒」のほうにもピラミッドに関する記述が少しだけあるんだ。

"ピラミッドを建てたものが、今では農夫となっている。"


これが何かというと、世の中に動乱が起きて、身分が逆転している、という内容の一部だ。
かつて貴族だったものが貧者に、貧者が貴族になる時代。ピラミッドを造っていた専門技術者が、そこらへんの農民に落ちてしまった、ということを言っている。つまり農民とピラミッド職人は別で、ピラミッド作ってた人たちのほうが身分が高かった(もしくは待遇が良かった)ということなのだ。
「イプエルの訓戒」は中王国時代の始まる前、第一中間期だろうとされている。この文学の最初に書かれた時代、ピラミッドは農夫が作るものではなかった、と見ることが出来る。





…というわけで、わりとそのへんに転がってることが見逃されてるよね、ってお話でした。

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