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zoom RSS ヒッタイトの都ハットゥシャの発掘記録と、ヒッタイト側から見たエジプト。「ヒッタイト王国の発見」

<<   作成日時 : 2016/07/25 00:10   >>

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前から気になってた本が古本屋に出てきてたので早速ゲットしてみた。
ヒッタイトの宗教について触れた数少ない本でもあるのだが、ハットゥシャの発掘についての細かい資料にもなっていて、こんなのが日本語でも出てたんだなぁ…と思った。

ヒッタイト王国の発見
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ヒッタイトは、今でこそそれなりに知られているが、つい100年ほど前に発見されるまでまるっと忘れられていた"帝国"である。一時は中央アナトリアを中心に、現在のトルコ領土の半分程度には匹敵するだろう大領土を築き上げていながら、あっさり滅びてしまった。「海の民」に滅ぼされたとも言われるが、実際には何が起きたのか分かっていない。おそらく複数の要因があり、衰退していたところに近隣の敵対勢力からトドメを刺されて瓦解したのだろう。

そのヒッタイトの首都であったハットゥシャの発見と、調査によって蘇ってきたありし日のヒッタイト帝国の様子が、この本の主題となっている。

ヒッタイトの研究は粘土板文書の内容に関するものが多いが、この本はどっちかというと立体物が多く、市街地の模型や家の平面図、出土品などが豊富なのでイメージがつきやすい。逆に、製鉄の話などは出てこない。

特徴は通史であることで、ヒッタイトの都になる以前のアッシリア商人が暮らしていた小都市の時代から、ヒッタイト帝国消滅後のフリュギア時代以降まで触れられているのは嬉しかった。一つの都市の寿命って、べつに国とか民族と連動しないからね。同じところに別の民族が、歴史を通じて何度も住むっていうのは普通だし、実際の発掘に即した記述をするならこの方法は妥当。こんなに分かりやすく町の構造が出てくる本ってなかなか無いんですよ!

神話に触れられている箇所は、ハットゥシャとつながる聖域ヤズルカヤについての記述のところで詳しく出てくる。壁画の見方が詳細に説明されている。



で、もう一つ面白かったのが、「ヒッタイトとエジプトの関係」として一章割かれていた部分だ。

ヒッタイトといえば、ツタンカーメンの王妃だったアンケセナーメンが、夫の死後、ヒッタイトに「王子を一人、私の夫として送ってください。エジプト王にします」と手紙を送ったことでも知られている。ヒッタイト側から見ると、この時期、実はエジプトとの関係は「あまり良くなかった」。

エジプトとヒッタイトの間に和平条約が結ばれるのは、第19王朝のラメセス2世の時代。
ツタンカーメンの生きた第18王朝末期は、ヒッタイトとの戦争に至る以前の不穏な時代でもあったのだ。

アンケセナーメンがヒッタイトに手紙を書き送ったその時代、ツタンカーメンの直前の王だったアクエンアテンが同盟国との関係をないがしろにしていたせいもあって、エジプトはシナイより東のシリア付近の領土・同盟国を失っている。つまり彼女のやったことは、読み方によっては 戦争を回避するための色仕掛け(クレオパトラ方式) とも言えるのではないか。

この視点は、エジプト側からだけ見ていたときは気が付いていなかった。
ヒッタイト側から見ると、エジプトが弱っていて自国国境に近いシリアをもぎ取れそうな戦略的チャンス、これから攻め込んでやろうと狙ってる真っ最中なわけで、実際に何十年か後には攻め込むわけである。しかし「もし」、アンケセナーメンの目論んだ婚姻が成立していたら、エジプトとヒッタイトの前面衝突は起きなかったかもしれない。

もしかしたら、彼女は夫が死んでうろたえていたただの小娘ではなく、自らの身分を道具に出来る、計算高く冷徹な政治家だったかもしれないのだ。だとすると、その目論見を潰したのは、国内の好戦派だったのかもしれない。もっとも、ラメセス2世の時代の全面衝突ののち、エジプトとヒッタイトは世界で最初とも言われる二国間の平和協定&集団的自衛権の協定を結ぶことになるのである。

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※集団的自衛権

相手国が攻められたら、ともに敵と戦うことが明記されている。
ヒッタイトが滅びたときにエジプトが援軍を送ったかどうかは不明だが、送ったとしても間に合わなかったのだろう。なおエジプト側は、メルエンプタハ王の時代に飢饉のヒッタイトに穀物を送って支援してもいる。
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というわけで、示唆に富んだ面白い本だった。
ただし発刊されたのがもう何十年も前なので、データは古いところがあると思う。巻末の編年表などは新しい本を見たほうがよさそうだ。


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おまけ

「鉄」にまつわる信仰と誤解、鉄器が広まらなかったのはヒッタイトが秘匿したからではない可能性あり
http://55096962.at.webry.info/201606/article_5.html

ギリシャ語文献にヒッタイトが出てこない理由をもう一度考えてみた
http://55096962.at.webry.info/201510/article_13.html

ヒッタイト続編 〜カマン・カレホユックと鉄の話
http://55096962.at.webry.info/200904/article_4.html


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おまけ2

ヒッタイトの神様のぼうしは、どうしても食いだおれ人形にしか見えない。
このぼうしについてるモコモコしたやつ、権威をあらわすツノがいっぱいついてる状態らしいんだけど… なんか… とんがり帽子と先の沿った靴にだぶだぶズボンという組み合わせがな(笑

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