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zoom RSS このクソ皇帝がッ! とリアルに罵られた皇帝がいた(コンスタンティノス5世)

<<   作成日時 : 2016/07/17 00:10   >>

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ビザンツ皇帝、コンスタンティノス5世(在位741-775)。

皇帝レオン3世と皇后マリアの間に生まれる。
ブルガリアとの戦いで戦功を上げ、市民と軍人からは絶大な信頼を勝ち得た人物。死後にブルガリア軍が首都に迫ったときには、市民たちが皇帝に敵を追い払ってくれと懇願するため、聖廟に殺到したと伝えられる。

…だが、死後の彼のあだ名は


  "糞 皇 帝"
  Kopronymos



であった。


…コプロニュモスが動物のクソ(kopros)から来てると知ったのはつい最近だ。
そのあだ名が「洗礼台で脱糞したから」つけられた、という由来を知って半笑いになり、
さらにそのエピソードが政敵によって捏造されたものだと知って神妙な顔になった。


死後に脱糞エピソードを捏造されて、それがはるか後世まで残されるって、皇帝って職業も大変だなおい…。
長生きは大事、そして自分の死後のイメージをよくしてくれる聖職者や文筆家を抱えておくのは大事だなってシミジミ思いました。



ちなみに、業績をざっと見る限り優秀な皇帝だったように見える彼がクソ皇帝呼ばわりされるようになったのは、父に倣って聖像崇拝の禁止を行ったからである。周知のとおり、キリスト教は神の像こそ禁止されているものの、キリストやマリアの像、絵画は作ってOKである。イスラム教はダメ。キリスト教にも、かつては「神は自らの像を刻んじゃダメって言ったんだから、聖像は教義に反する!!」という強いうねりが存在していた。

コンスタンティノスの父である皇帝レオン3世は、聖像崇拝の禁止を打ち出し、イコノクラスムの発端となった皇帝だった。息子の彼もまた父の意向を継いで聖像崇拝者の弾圧を行った。しかし現在の聖像崇拝復活を見てお察しの通り、その後、百年ほどのときを経て、再び聖像崇拝は認められるようになる。そして、かつて多くの聖像を破壊させた皇帝コンスタンティノス5世は「大悪人」として吊るし上げられるに至ったのだ。

腐らずに残っていた彼の遺体は燃やされ、灰にされて海に投げ捨てられたという。
…遺体が腐らないのって聖人の証とかじゃなかったですっけ。いいのかそれは。




この件が教えてくれる教訓がある。

 歴史上の偉人の業績やイメージは

 後世の人のノリと好みでいくらでも変わる




脱糞エピソードが史実じゃないってわかってよかったねコンスタンティノス。
イギリスの国王は、つい最近まで甥殺しが史実にされてたらしいですよ。

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