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zoom RSS 「鉄」にまつわる信仰と誤解、鉄器が広まらなかったのはヒッタイトが秘匿したからではない可能性あり

<<   作成日時 : 2016/06/04 00:10   >>

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ツタンカーメン墓の副葬品の鉄の短剣が隕鉄で出来ていた、というニュースが最近流れていた。

隕鉄の利用は紀元前3000年くらいからあるので、別段不思議ではないし、当時の技術としてめちゃくちゃ優れていたというわけではない。ただ驚いたのは、「今まで誰もちゃんと成分分析してなかったのかよ…」というところである。もし調査が許されていなかったものが最近調査されたのなら、エジプトさんお得意の"宣伝のため"なのだろう。なにしろツタンカーメンはビッグネームである。隠し部屋があるとか無いとか揉めているタゲ逸らしにも丁度良かろう。

というわけでこの件は華麗にスルーして、ふと思い出したヒッタイトの鉄の話をしたい。




ツタンカーメンの時代は、ヒッタイトが存在した時代とちょうど重なっている。
古代世界において製鉄技術を有したのはヒッタイトのみ、だから副葬品の短剣はヒッタイトからの贈り物もしくは輸入品と考えられていた。


[>わかりやすく年表にしたものは以下を参照。

 ギリシャ語文献にヒッタイトが出てこない理由をもう一度考えてみた
 http://55096962.at.webry.info/201510/article_13.html

当時の古代世界のスタンダードは銅。エジプトでは青銅が使われていた。
世の中ではどういうわけだが、このヒッタイトの鉄器が青銅より強かった、という信仰が強い。しかし、ぶっちゃけ鉄が青銅より優れているという根拠は薄い。 鉄剣を持った勇者が青銅武器を次々破壊していく、なんてのは、ファンタジーの設定に過ぎない。




まぁ考えてみてもらいたいのだが、鉄器が優れていたとしたら、どうしてヒッタイトとエジプトと互角だったのか。鉄器がすごかったなら、鉄器を持たないラメセス2世とムワタリ王との戦争はムワタリの圧勝でなければならなかった。(ちなみに人数差という意味ではムワタリが上だったようである。ラメセス2世は、不利な状況を覆したことを神殿の壁に散々自慢しているのだから)

そしてそもそもの話をすると、製鉄技術はプロト・ヒッタイトといって、ヒッタイト帝国が出来る以前からアナトリアに住んでいた民族のものであった。鉄器で無双が出来るなら、プロト・ヒッタイトの人々は帝国傘下に組み込まれずに済んだのではないか。

鉄器は古代世界において、戦争に革命を齎すほどの武器を提供したわけではない。
これが現実である。現にヒッタイトは世界の覇者とはなれず、"海の民"なる難民の群れにあっさり滅ぼされてしまうのだ。 (※)

※厳密に言うと、”海の民”の実態は不明だ。実際にヒッタイトが海の民に滅ぼされたのかどうかも不明である。「ヒッタイトは海の民にやられた」と書いているのはエジプト側の記録(ラメセス3世)であり、それを裏付ける証拠がヒッタイト側で見つかっていない。面白い説だと、トロイア戦争はヒッタイト滅亡の一場面を描いたもので、海の民の正体はアカイア人ではないかというものもある。




ヒッタイトはどうして鉄器製造の技術を秘匿していたのか。
それは、青銅に比べて優れているわけではないにせよ、金属武器は戦争において勝敗を左右する重要なファクターだったことには違いないからだろうと思う。奴隷とか被支配民とかにそれが渡ると反乱を起こされる可能性もある。

そしてもう一つ、鉄の世界への拡散を決めたのは、その「作り易さ」が理由だと思うのだ。


青銅を作るには銅とスズが必要。
しかしこの両方の鉱脈が近くにあって、両方に安定してアクセスできる地域はそう多くないのである。(エジプトは、その稀有な地域の一つ。)
それに対し、鉄の鉱脈は世界中にあるし、材料も一種類。調達が楽なのだ。

そして、製鉄に必要な温度は、実は青銅よりも低い




これわりと勘違いしてる人が多いんだけど…ヒッタイトは鉄を融解させるような炉は持ってないです…。

 鉄の融点は1,538°C。
 銅の融点は1,085°C

ただし 製鉄自体は最低400℃から可能

400℃〜800℃で安定させられれば作れる、これが"融点が高いにもかかわらず鉄器自体は銅と同じくらい古くからあった"という奇妙な現象の原因である。ただし、低温で作られた鉄は脆い。ヒッタイトがもし優れた技術を有していたとすれば、それは鉄器製造そのものではなく、”より強度の高い鉄を作れる炉”ではないだろうか。(ただし融解させることは出来ない。人類が1500℃に到達できたのは、たったの500年前。)

ちなみに青銅を作るには900℃が必要とされるので、製鉄より難易度が高いと思われる。


[>以前調べたときの資料がこれ
鉄のほうが必要温度が低いので、地域によっては青銅より前に造られていたのではないかという説もある。


 鉄器は青銅器に先立つか。鉄器は青銅より低い温度で作れるという別世界の常識
 http://55096962.at.webry.info/201402/article_24.html




というわけで、製鉄技術自体は、ヒッタイトが崩壊して技術が漏洩するまで誰も知らなかったという類のものではない。広まらなかったのは、低温で作られる鉄器の耐久度が低く、実用性が薄かったからである。ヒッタイト崩壊とともに拡散していくのは、「ヒッタイトの技術があれば、そこそこ使える強度の鉄器が出来るから」というのが理由だろうと思う。

おそらくヒッタイトでは、それなりに強度があって、青銅器にあまり劣らないレベルの鉄器を作れた。既に鋼を生産する技術があったかもしれないという研究もある。で、前述したように材料は鉱脈の豊富な鉄なので、青銅と強度がさほど変わらないなら、大量生産できる鉄のほうが使い勝手がいいに決まっている。

これは鉄器文化が始まって以降もエジプトがかたくなに青銅を使い続けたことへの説明にもなる。エジプトは銅とスズ両方の鉱脈に安定的にアクセスできるから、わざわざ鉄に手を出す必要がなかったのだ。ちゃんと調べていないが、古くから青銅を使っていた地域ほど、鉄器に移行するのも遅いのではないだろうか。耐久が劣るものをわざわざ使う理由が薄い。

そしてもう一つ思うのは、「優れた鉄器と戦車を持っていながら、なぜヒッタイト帝国は短期間であっさり滅びたのか」という疑問の答えである。


 ・鉄器はそんなに優れてなかった。一人で三人相手に出来るわけではない。

あるいは、

 ・武器は所詮ただの道具なので、他人の手に落ちると自分の首を絞める

これでスッキリ説明できる。

鉄剣を装備した10人の兵士が30人の棍棒を手にした農民に匹敵すると仮定し、前者と後者を揃えるのに必要なコストを考えてみるといい。戦いは数だよ兄貴。まあ、なんだ。鉄で無双できるのはシミュレーションゲームの中だけだってことだ。


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