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zoom RSS エジプトのピラミッド→農閑期には作れない マヤのピラミッド→農閑期に作ってた

<<   作成日時 : 2016/06/02 00:10   >>

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ざっくりタイトルのとおりで、「農閑期に作れるピラミッド」=マヤのピラミッド、エジプトのやつは農閑期には作れない。という話。マヤのピラミッドというと、たとえばチチェン・イッツァのピラミッドとかが有名どころである。

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いつ頃からか、エジプトのピラミッドは農閑期の農民が作っていた、という説が日本では広く信じられるようになった。
たぶん「ピラミッドは奴隷が作っていたものではない」→「農民が作っていたはず」→「農業してる農民が働けるのは農閑期だけのはずだ」という感じで出てきた説では無いかと思うが、ぶっちゃけ農民が作る必要がない。専門の土木作業員がいれば通年で作れるし、普通に考えるとそっちだろう。

というか、実作業ベースで考えたら、複雑な進捗管理と大人数の統制を必要とするエジプトのピラミッド製作を期間限定なんて悠長にやってられるわけがないんである。王が死ぬまでに作らなくてはならない納期の決まってるプロジェクトなのだから…。

近所の農民が少数アルバイトで参加することはあっただろうが、メインの労働者ではなかったはずなのだ。



●「農閑期」とはいつからいつまでか

という話を、まずは具体的に説明しようと思う。
古代エジプトの場合、そもそも「農閑期」がほとんどない。マヤならあるけど。

エジプトの場合>>

詳しくは以下の記事で検証したとおりだが、ナイルの増水はだいたい7月末〜10月半ば。
水位は1ヶ月かけて徐々に増えていき、また1ヶ月かけて減っていく。8月末〜9月半ばあたりが水位の最大の時期である。


[>「ピラミッドは農閑期に農民を働かせて作った」説→調べたら農閑期なんてありませんでした。
http://55096962.at.webry.info/201602/article_11.html


この期間のすべてが農閑期になるわけではない。
小麦の収穫が終わるのが5月末。そこから乾燥・脱穀という面倒くさい作業をしなければ、収穫作業が完了しない。水が増えていく時期の前には灌漑水路の調整をする必要がある。そして水位が増え始める季節になると、夏野菜の収穫期に突入する。

すなわち6月末〜7月頭くらいまではヒマになる可能性があるが、その先は別にヒマじゃないのである。

ナイルの水位が減り始めてからは麦の種まき準備のために畑を耕さなくてはならない。9月頭には大麦の種まきが始まってしまう。その次に小麦の種まきだ。

要するに、古代エジプトの「農閑期」は、あったとしても、1ヶ月少々なのである。
ナイルの増水は4ヶ月続くのだからまるまる4ヶ月ヒマなはず、なんていうのは、実際の農作業の中身を見ずに言った机上の空論ということになる。


マヤの場合>>

大麦・小麦をメインに作っていたエジプトに対し、マヤは主食がトウモロコシ。主食の違いは農業サイクルにも影響する。ほとんど雨の降らないエジプトでは灌漑による農業をするしかなく、水の管理が非常にシビアだが、雨が適度に降るジャングルに囲まれた中米のマヤ地域では天然降水に頼ってほぼ放置で農業可能である。

そして、種まきから収穫までの間、やることはない。
脱穀という面倒な作業もない。そのままゆでて食べてもOKだし、干したトウモロコシをそのまま保存しても問題ない。カレンダーはスカスカである。ある意味、収穫時期以外は農閑期なのだ。


●作業に伴って稼動する人数とプロジェクト規模

エジプトのピラミッドとマヤのピラミッドでは、全く規模が違う。

ギザの大ピラミッド(クフ王のもの)は、底辺146.6m、高さ230.37m。
マヤのチチェン・イッツァのピラミッドは、底辺55.5m、高さ24m。

数字を並べただけでも規模の違いが分かると思うが、さらにギザのピラミッドになると近隣にはない石材をわざわざ遠くから運搬してきている。汲み上げている石材の大きさ・重量にも大きな差がある。必要な労働力のケタが違うのだ。

つまりマヤのピラミッドは、その都市近郊に住む人たちがヒマなときにわらわら集まってきて作れるが、エジプトのピラミッドはご近所の農民がちょろっと集まっただけでは作れない。おそらく遠方から移住してきて参加する人もいただろうと思われる。

それでもエジプトのピラミッドは農閑期の農民が作った、と言いたい人は…ちょっと考えてもらいたい。数千人あるいは数万人の規模の「農閑期でヒマな農民」が存在する古代世界とはどれほど人口過密な世界なのかと。農村って近代でもそんなに人いないよね?(笑) よほど広範囲から人を集めなくてはならない。
では、その広範囲に、カレンダーさえない時代に、集合日時を正確に伝えられる者がいるだろうか。いないだろう。三々五々、テキトーに集まってくる農民、しかもサボって来ない人もいたりする。年によって人数が足りなかったり多かったり…。ぜんぜん予定どおりに作業が進まない。ご近所の石を積み上げているマヤのピラミッドならそれでも何とかなるが、遠方の石材を切り出しているエジプトのピラミッドではそれは無理なのだ。



そして、人数の多さは、イコール統制の難しさ、である。
人数が多くなるほどプロジェクト管理の難易度は上がっていく。簡単に言うと、点呼をとって進捗を管理し、適切な指示を出すだけでもとんでもなく複雑な作業になるということだ。しかし指揮命令系統がうまく機能しなければ、大規模な建築は成り立たない。

農閑期に農民が参加するということは、季節によって人数が大きく変動することを意味する。しかし、大規模な人数の変化はおそらくプロジェクトの進行を阻害する。――これは「遅れているソフトウェアプロジェクトへの要員追加は、プロジェクトをさらに遅らせるだけだ」という"ブルックスの法則"でもお馴染みである。

マヤのピラミッドの規模なら何とかなっても、エジプトのピラミッドの規模は、一定の人数で通年でやらなければプロジェクト管理はできない。


●マヤのピラミッドとエジプトのピラミッドの違い

違うところは沢山あるが、一番は「マヤのピラミッドは都市の中にある」というところだと思う。

エジプトのピラミッドは郊外にあるので、近くに労働者用の町を作らなくてはならなかった。しかしマヤのピラミッドは都市と一体化しているので、ご近所の人が作れる。というか、ご近所の人以外には作らないと考えられる。これは、「農閑期の近隣住民が作った」と考えられる根拠の一つにもなっている。

マヤのピラミッドは、マヤの言葉で「ウィッツ」、山と呼ばれる。山岳信仰からきていて、都市の中に聖なる山を再現しようとしたものと考えられているのだ。その山のてっぺんに作られるものは神殿。いわば、村の守り神の神社をみんなで作ろうぜ! 的なノリだ。だから、わざわざ遠方から人を集めてくる必要はない。

エジプトのピラミッドは、国家事業として国威のために作ってる意味もあるので、国じゅうから人を集めてより巨大なものを作る必要があったのだと考えられる。


******************

というわけで、もう一回言うと

 エジプトのピラミッド→農閑期には作れない

 マヤのピラミッド→農閑期に作ってた


昔のことなので確実にそうだと言い切れるカンペキな証拠があるわけではないが、状況証拠と現在の主流の説から考えると、このような結論になる。一番大きいのは主用作物の違いだろうと思う。天水農業の出来ない地域での麦の栽培はむちゃくちゃ手間がかかるが、天水農業可能な地域でのトウモロコシ栽培なら手間がかからない。

ていうか、そもそも何で農閑期のほとんど存在しないエジプトの農業カレンダーで、農閑期の農民はヒマだ説なんて出てきたんだろうか…。なんだか検証もされないまま広まってしまっているようで、ビミョウにもにょる。

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